前回のエントリに続いて『Subject To Change ―予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る』から、ソフトウェア開発の考え方の一つである「アジャイルアプローチ」というものを取り上げます。ちなみに、アジャイルとは素早い、機敏な、という意味。
・アジャイルアプローチとは
従来のメインストリームであった方法論は、開発がまるで滝が流れ落ちるように分析から設計・実装・テスト・リリース・保守と逐次的に段階的に進められることから、「ウォーターフォールアプローチ」と言われ、基本的には開発は当初の計画に忠実に、作業はしっかりと分業され整然と進められるという前提に立っています。一方で、「アジャイルアプローチ」は、全てのことを予測できるわけではないし普遍であることはなく(変化する)、その状況に応じた修正を顧客を巻き込みながら進めるべきという前提に立った方法論です。
その哲学・価値観は下記の「アジャイルソフトウェア開発宣言」として明文化されています。
アジャイルソフトウェア開発宣言
私たちは、ソフトウェア開発の実践
あるいは実践を手助けをする活動を通じて、
よりよい開発方法を見つけだそうとしている。
この活動を通して、私たちは以下の価値に至った。
プロセスやツール よりも 個人と対話を、
包括的なドキュメント よりも 動くソフトウェアを、
契約交渉 よりも 顧客との協調を、
計画に従うこと よりも 変化への対応を、
価値とする。
すなわち、左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。
また、アジャイルアプローチで重視される方策は下記のようなものです。
- 反復重視のプロセス。開発を通じてのみ見えてくるニーズにすばやく適応する比較的短期の開発サイクルから成る。
- 顧客を開発プロセスに引き込む。
- 物事を正すことを評価する。すなわち早い時期に確実に、基本的な誤りや非効率の長期化や再発を防ぐ行動を評価する。
・アジャイルのビジネスへの応用
少し前置きが長くなりましたが、アジャイルはあくまでもソフトウェア開発において提唱されたものではあるものの、これからのビジネスにも大いに参考になる指針であるように思います。例えば何かの製品やサービスを企画するといった場合、特に下記の点で参考にすべき点は大きいのではないでしょうか。
①変化を前提に柔軟に動ける
変化を前提としたアジャイルの考え方はビジネスにも有効です。ソフトウェアが変化にされされているのであれば、当然その上位概念であるビジネスにおいても日々変化に目を向ける必要があります。事業の「ピボット」(方向転換)という考え方も最近はよく言われますが、ビジネス環境やトレンドに変化が大きく、顧客の趣向の様々という場合、変化を前提にしながら仮説検証を高速に繰り返すモデルは親和性があります。
②失敗を歓迎することができる(ポジティブに生かす)
従来型の開発では、誤りはエラーだと捉えられるため、それが有用な発見であるという考えはなされにくい状況でした。考えてみれば、プロジェクト開始後1年や2年経ってから、アプローチの基本的な部分に欠陥があるということは認めたくないのも当然です。そのため、下記図(本書より)のようにプロジェクトの環境への順応性は時間が経過するにつれ大きく乖離していきます。ただ失敗は市場からの貴重なフィードバックです。その意味では、効率性や費用効果という意味でも昨今の環境においては有効な手段であると考えられています。
③デザイン・シンキングにフィットする
このアジャイルという考え方は、「人間中心のデザイン」「デザイン・シンキング」といった今後のビジネスで重要になってくるであろうコンセプトにすごく親和性があるように思います。例えば、以前のエントリで引用したIDEOのCEOティム・ブラウンのこの考え方。
中心にいるのは人間であるということである。したがって、最善のアイデアと究極の解決策を見出すには、人間中心で、創造的でしつこく繰り返す、実用的なアプローチが必要である。そのようなアプローチこそ、イノベーションにデザイン思考を生かすことにほかならない。
デザイン・シンキングで重要となってくるブレストやプロトタイプ、ユーザー視点といったところが、上記の宣言の価値観に符合します。ここでは同じくIDEOのCEOティム・ブラウンが、TED講演で挙げたビジネスにおいてデザインを取り入れるための3つのキーコンセプトを引用します。
- Exploration : Go for quantity=ブレスト >>対話の重視
- Building : Think with your hands=プロトタイプ >>ソフトウェアが動くことを重視
- Role play : Act it out=ユーザー視点 >>顧客との協調を重視
上記の3つのコンセプトは線形ではなく繰り返すことに意味があるという考え方ですので、アジャイルの「変化への対応」というところも一致するものと思います。
このアジャイル的な考え方が実践されている一つの例として、最近記事で見たアップルのデザイン責任者ジョナサン・アイヴの下記の言葉。「デザインしながら、プロトタイピングしながら、作っていく」という言葉はまさにデザイン・シンキング的でありアジャイル的です。(当社がどう考えているのかは知りませんが)
Q: What makes design different at Apple?
A: We struggle with the right words to describe the design process at Apple, but it is very much about designing and prototyping and making. When you separate those, I think the final result suffers. ...
※引用元:Sir Jonathan Ive: Knighted for services to ideas and innovation
・アジャイルを取り入れるにあたり気をつけたいこと
注意するべきは、宣言にも「左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく」とあるように、アジャイルかウォーターフォールかという二元論ではないということです。当然手続き論としてウォーターフォール的なアプローチの有効性もあるでしょうし、予測できる部分はオペレーティブに粛々とやり切るということは依然として重要です。
また、このアジャイル的な仕事のやり方、一見サクっと作って顧客にフィードバックもらって修正して・・・というように軽量級な仕事の進め方(悪く言うと適当に客におもねってる?)と見られがちですが、そのプロセスはなかなか険しいように思います。まさに下記のように。
Perservance is not a long race; it is many short races one after another. (Walter Elliott)
忍耐力とは、1回の長距離走ではなく、短距離走を次々とこなす力である。
現在のビジネス(業種によるかも知れませんが)において、このような考え方がますます重要になってくるのは確かなことのように思います。ちょっと意識しながら仕事を進めてみたいなと。
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