2012年6月7日木曜日
エントロピーとイノベーション -『エコロジー的思考のすすめ―思考の技術』(立花隆)より雑感-
「エントロピー」という言葉をご存じでしょうか。本来は熱力学における用語ですが、平たく言うと(というか平たくしか理解していない、高校大学で習ったはずなんだけど。。)、「無秩序さの度合い」です。詳しくはこちら。
先日、立花隆の処女作『エコロジー的思考のすすめ―思考の技術』を読み、この言葉に出会いました。若干脱線すると、本書は超良書。タイトルから想像されるようなHOWTOな内容では全くなく、生態学的ものの見方を組織や経済へも敷衍して論じる内容。初版1971年ですが、全く古くありませんし、当時30歳という立花隆の知の巨人ぶりに我が身を振り返らざるを得ません。
さて、今回はこの「エントロピー(無秩序さの度合い)」についての雑感。
このエントロピーには「エントロピー増大の法則」というものがあるそうです。自然にしかり、生活に当てはめてもしかり、放置しておくとものごとのエントロピーは増大していく(無秩序さが増す)という法則です。身の回りを見てみればわかるように、コーヒーにミルクを入れれば次第にコーヒー中に溶け出していきますし、水は放っておけば蒸発して水蒸気として霧散し、部屋は放っておくと汚く散らかります。
生物に当てはめると、人間が最もエントロピーが低い生物だそうです。また高度な情報ほどエントロピーが低い、つまり人間の文明史は情報のエントロピー減少の歴史であると言います。人間、あるいは人間社会の発展は、統制・管理・集積の歴史、とでも言えるのでしょうか。
では、エントロピーは低ければ低いほどいいのか、社会やものごとは秩序立っていれば秩序立っているほどいいのか。エントロピーが低いということの負の側面として、「適応力がない」「変化に弱い」という点が挙げられるそうです。温室育ちの人間がある日突然体育会系の営業会社に放り込まれた時のことを想像してみてください。
そう考えると、一概にエントロピーを減少させる方向にだけ進む進化を全面的に良しとして良いのか、という疑問が湧いてきます。方向性の決まっている、あるいは今あるものをより良くしていく、高度化していくという中では、エントロピーを減少させる方向での進化が重要。一方、何かドラスティックな変化を生む、ダイナミックな進化を求める、といった場合にはエントロピーを”意図的に”増大させることにも意味がありそうです。このエントリで紹介しましたが、IDEOのティム・ブラウンもデザイン思考の一つのポイントとして、divergence(発散)とconvergence(収束)を行ったり来たりすることの重要性を説いています。
さて、ここで問題なのは、エントロピーを意図的に増大させたい時に、「放って」おけばいいのか、ということ。興味深いのは、組織(あるいは社会・人)は往々にして、放っておくとエントロピーを増大させて無秩序になるどころか、逆に保守化、現状維持の方向にベクトルが向き、エントロピーが減少する(凝り固まる)方向に向かうという点です。まあ「放っておく」の意味合い次第なのですが。
やはりイノベーションを生むためには、”意図的に”無秩序・発散を生む仕掛けをしないといけないのではないか、ということが今回の学び。ただの雑感で全くまとまりがないのですが。
2012年5月30日水曜日
ブレストのルール「Yes, AND」の功罪 -「No, BECAUSE」の効用-
アイデアを出すための一つの方法論としてブレーンストーミング(以下、ブレスト)は非常に一般的な手法です。以前は「さ、ブレストしましょう」と言いながら、それただの意見交換あるいは発言力のある人の独演会じゃないの的なことはよくありましたが、最近のデザインシンキングの流行のおかげなのか、このあたりの方法論の言語化が進んでいるからなのか、ブレストのルールと言われているものが広く知られてきているように感じます。
特に、少し前のNHK「スタンフォード白熱教室」(ティナ・シーリグ教授のやつ)の影響もあってか、「Yes, AND」でアイデアを否定せず肯定して重ねていくということが、ブレストのルールの一つとして定着しているような印象を持ちます。
■「Yes, AND」の功罪
これ実践してみてどうでしょうか。個人的には、制約や立場を取っ払って、とにかくアイデアを出しまくるという意味では一定の結果が期待できるルールだとは思います。一方で、そこで出てくるアウトプットが玉石混交だったり(特に程度の低いものが多い)、あまりにフワッとしすぎた内容だったり、ということが大抵の場合起こってしまうように思います。
このマイナスの現象の大きな要因の一つが、タイトルにも書いた「Yes, AND」の罪の側面だと思います。やってみるとわかるのですが、「Yes, AND」で意見を重ねていくと、確かに場のポジティブな空気感の醸成やテーマがハマった時のアイデアラッシュには一定の効果があるものの、上記のような残念なアウトプットに陥るケースがあるわけです。「楽しくアイデアをいっぱい出しましょう」には向くのですが、「ガチンコのやつ」には向かないというか。
■「No, BECAUSE」というアイデア
それはなぜなのか。そのなぜを考えるために、「Yes, AND」に加えて、「No, BECAUSE」をブレストに持ち込むというアイデアを紹介します。下記の記事を読んでなるほどなと思った視点です。なお、前提として、「No, BECAUSE」か「Yes, AND」かという二元論ではなく、「No, BECAUSE」「も」あっていいのではという話です。
Innovation Is About Arguing, Not Brainstorming. Here’s How To Argue Productively
下記に「No, BECAUSE」の効用を書き出してみます(全然MECEじゃないけど。。)。これがなぜ「Yes, AND」だけだとフワッとしたアウトプットになるのか、という裏返しかと思います。なお、下記は元記事に関係のない私個人的な考えですのでご留意ください。
・アイデアの「Why」を詰める
「なぜそのアイデアなのか」、論理や構造の世界にいったん引き戻す効果が考えられます。そして、またアイデアを発想する世界に振り直すという行き来を意図的に繰り返す。この作業がブレストには重要であると思います。
※この記事の中にこの論理と発想を行き来する効用をイノベーションに関する論文の抄訳の形でまとめています。
・ストーリーを強固にする
一つ目に近いのですが、「Why」を考えることでアイデアによりストーリー性や具体感を伴わせた議論が可能になります。このWhyを考える作業は、ひいては「So what」を具体的にしていく際にも非常に重要な前作業になるように思います。
・クオリティスタンダードを上げる
まずは量を求めるというのがブレストの鉄則のようなところがありますが、同時に質を高められることができればそれに越したことはありません。量を出すことは目指しつつ、「No, BECAUSE」を使うことで、もうちょっと考えようよ的なものや、普通に(論理的に)考えればそれはないよねといったものをスクリーニングしていくことができます。
・ちゃんと考える(発言に責任を持つ)
「No, BECAUSE」という反応が来うるとなると、人はちゃんと考えます。念のためですが、発言に責任を持つというのは、放言をなくすという意味合いであり、議論の鉄則である「誰が言ったかではなく、何を言ったか」を否定するものではありません。同様にNoと言う人にもその論拠が求められます。
・Noと言われた人のアイデアが深まる
人はNoと言われて初めて「じゃあ、こうしたらどうか」といった対案やアイデアの積み上げができる場合もあります。対立ではなく深めるためにNoというマインドセットです。
■「No, BECAUSE」の弊害はあるのか
恐らく出てくる反対意見としては、それではブレストの目的である参加者全員が忌憚なくアイデアを出すことができて、量を追求できるという点が損なわれるのではないかという意見が想定されます。
Noということは、発言を力づくで抑えたり、多様性を認めないということではありません。ただ威圧的にあるいはパワープレイでNoを突きつけるわけではなく、そこに合理的な理由があることが条件です。Noを「否定」「対立」ではなく、「深める」手段として捉えるという発想です。
また、これまでの延長線上にないアイデアを出すという自由な発想ができなくなるのでは、という意見も出てきそうです。ただこれもおかしな話で、これまでの延長線上にないアイデアであることと、論理的に説明できないということは同義ではなく、むしろそのアイデアを「No, BECAUSE」でプッシュバックされないレベルに昇華させることができる効用の方が大きいかと思います。
■蛇足ですが
ちなみに、ということで、マッキンゼーのブレストについての論文にも参考になる点が多いのでリンク貼っておきます。一つ一つの論点は上記の内容とは直接関係しませんが、こちらも単に「クリエイティブな議論を!」「悪いアイデアなんてない!」といった安易な掛け声に警笛をならしています。特にそのような記載はないので憶測ですが、「Obligation to dissent(反論する義務)」を求めるマッキンゼーでも「No, BECAUSE」は求められるのではないかと思ったり。ご参考まで。
他にもいくつかブレストがフワッとしたアイデア大会に終わらないためのポイントってある気がしています。またこれだというのがあればご紹介できれば。
2012年5月27日日曜日
アイデア創出の処方箋「バイアス崩し」 -Ziba濱口秀司氏プレゼン@TEDxPortland-
「アイデアを生み出すための始めの一歩は何か?」
「(アイデアを生み出すためには)アイデアにフォーカスしてはいけない」
んんっ?っていう感じの人も多いはず。今回紹介するTED動画のひとコマ。動画は前者の問題提起で始まり、後者の注意で終わります。
スピーカーはこれらのエントリ(その①、その②)でも取り上げさせてもらった、デザインコンサルティング会社Zibaの戦略担当ディレクター濱口秀司氏。TEDxPortlandでのプレゼンテーション。先日濱口氏が講演された東大i.schoolのイベントに参加してこのお話しのもう少し長く中身深い版を聞いたので、おさらいに持ってこいの内容。もちろん、この動画だけ見ても幾つもアイデア創出のヒントが転がっている濱口エッセンス濃縮版といった感じです。
■「0」(ド新規)からではなく「1」(バイアス)から始める
動画を見ていただければわかると思いますが、冒頭の「アイデアを生み出すための始めの一歩は何か?」に対する答えは、「バイアスを見つけそれを崩すこと」だと言われています。「0」から「1」を生む作業(ド新規のアイデア)にフォーカスするのではなく、「1」(バイアス)を見つけ崩すことにフォーカスせよという教えです。「1」というのは、人の認知バイアスであり、方法論としてのアイデア創出を考えるのであればこのバイアスの発見、崩しにフォーカスすべきと。
濱口氏はいくつかのチームに議論をさせた時に注目するのは、そこから出てくるアイデアではなくそれぞれのチームの思考パターン(バイアス)であると言われています。始めて聞いた時に、この目の付けどころは新鮮でハッとしたことを覚えています。バイアスを見つけるには、人の思考パターンの偏り、慣習、業界の常識といったところをいかに見つけ出すかが鍵になりそうです。
実はこの濱口氏はUSBメモリを開発した方(あとはサイボウズのようなイントラネットとか)なのですが、その誕生のきっかけもこのバイアス崩しであるということです。それを表現するのがこのチャート。
※「TEDxPortland - Hideshi Hamaguchi」より引用(5:09頃)
データのストレージ・移動について、データ量を横軸、データ移動の経験(タンジブル、インタンジブル ※目に見えるか、見えないか)を縦軸とした時に、業界が白色の矢印で進む(データ量も膨大になり、ネットワークを通じてデータがインタンジブルにやり取りされる)であろうというコンセンサスを持っていたのに対して、それをバイアスと捉え、タンジブル×データ量大の方向(赤色の矢印)にアイデアを持っていったというエピソードです。これがUSBメモリです。
■バイアスに着目する際に気をつけること(私見)
これは動画で言及されていることではないので私見ですが、注意しなければいけないのは、このバイアス崩しは、空白スペース(ニッチ)を見つける、単純に逆張りする、という類のものではないということです。要は何かの2軸をとって、今世の中に製品やサービスがないある象限で何かをやればそれがバイアス崩しだとする落とし穴です。
濱口氏がよくおっしゃるのが「Shiftを生むもの」です。つまり、バイアス崩しとは、現状にバイアスがあったとしてその横っちょで空白スペースをつまみ食いするという発想ではなく、新しいパラダイムにシフトするイノベーションです。ちなみに、濱口氏は「Shiftを生むもの」の基準として、そのアイデアがNewなのか、Doableなのか、Controversialなのか、という3点でも見てみるのが良いとおっしゃっています。最後のControversial(物議を醸す)というのがユニークですね。
■あとは自転車に乗る時のようにやってみること
上記は机上の理論ではなく、アイデアを生み出すための実践的なツールであると思います。ツールは使わないと意味がありません。
以前の講演で濱口さんがおっしゃっていたことに、自転車に乗れるようになる時のメタファーがあります。子供のころ、自転車に乗るために何か教科書を読んで頭で理解して自転車にまたがったら乗れた、という経験をした人はまずいないのではないかと思います。行きたい方向見る、スピードを出して漕ぎ出す、何回かこける。これで乗れるようになるわけです。Just do itだと。
動画では、じゃあどうすればこのバイアスを見つけられるかについても言及されています。すぐにでも実践できるエッセンスが多いですよ。是非動画をご覧ください。
1st step of idea creation is...
First, Break the Bias.
Do not focus on idea.
2012年5月10日木曜日
デザイン・シンキングは実践あるのみ -d.schoolのバーチャル講座を体験してみた-
スタンフォード大学のプログラムにd.schoolというものがあります。ビジネスの世界でデザインの重要性に注目が集まっていますが、このd.schoolはデザインコンサルティングファームIDEOの創業者デヴィッド・ケリー氏が創設したプログラムで、デザイン・シンキングを学び実践する場として、スタンフォード大学の中でも非常に人気のプログラムの一つだそうです。欧米では最近ビジネスのスキルアップ・キャリアアップのステップとしてMBAではなくこういったデザイン系のプログラムに参加する人も多いそう。有名企業への就職例も増えてきているそうです。(結果、どういう成果をあげているのかは知らないのだけど)
ちなみに、幾つかエントリー(その①、その②)している東大i.schoolはこのd.schoolをベンチマークの一つにしているのだと思います。
さて、ホームページを見ていると色々なプログラムを展開している様子で、デザイン・シンキングに興味を持つ者としては、どれも一度は受けてみたいものばかり。でも遠すぎ。。留学するにしてもお金かかりすぎ。。
そんな方々に朗報!d.schoolがWeb上でバーチャルにプログラムを体験できる新しい取り組みを試験的に展開しています。プログラムの動画が公開されており、世界のどこにいてもネットさえ繋がっていれば、d.schoolのエッセンスを体感することができるようになりました。講義型の授業のネット配信は進んできていますが、このような体験・参加型のプログラムまでネットで世界中の人に受けられるようにするというチャレンジは、さすがd.schoolといった感じです。
バーチャルプログラムはこちらより
動画は約90分で、d.schoolで行われた一つのプログラム(公開講座っぽい)の動画が収録されており、動画の中で講師が説明するインストラクションに従って、動画の中の参加者たちと一緒に実際のプログラムをやってみるというものです。ペアになって行う作業が中心になるので、2名以上で参加する必要があり、Webからダウンロードしたマテリアルを手元に置き、それを使いながらの作業となります。
テーマは“redesign the gift-giving experience”となっており、誰かにギフトを送る経験をリデザインするという内容です。
ものは試しとばかりに、この方面で話の合う知人とやってみました。一連のデザインシンキングのプロセス(Empathize⇒Define⇒Ideate⇒Prototype⇒Test)を体感できるようになっており、その中でとんでもないアウトプットが出るまでには至らないとは思いますが、限られた時間(動画は90分くらいが限界?)の中で、最大限デザイン・シンキングのエッセンスを学び、実際の仕事などで活用できるように設計されているように感じました。
振り返りのメモとして一連のステップを簡単に書き出しておきます。日本語部分は全て私の勝手な要約です。
※ここにインストラクションが、ここにワークシートがあります
Start by gaining empathy.>>共感から始める
1. Interview @8min (2 sessions x 4 minutes each)
パートナーのギフトを送る経験をリデザインすることがゴール。まずは、パートナーが最近いつ誰にどんな感じでギフトをあげたのか・・・といった、Yes/No質問ではなくオープンな質問を通じてパートナーの経験に共感することから始める。
2. Dig deeper @8min (2 sessions x 4 minutes each)
1で聞いたことの深堀り。ギフトを送る経験に背景にあるストーリーや感性、感情といったものを深堀りする。とにかく「Why」を深堀りまくることで、ギフトを送る経験の背後にあるパートナーの大事にしていることを探る。
Reframe the problem. >>問題をリフレームする(捉えなおす)
3. Capture findings @3min
needs: things they are trying to do*
*use verbs
ここからは、問題の咀嚼。1.2でインタビューした内容を捉えなおす。まずは「ニーズ」。パートナーがなぜ語られたようなギフト経験をしたのか、その背景にあるパートナーのニーズを書き出す。ポイントは、「Aさんがギフトを送ったのは、XXXXしようとして」といったように動詞で書いてみること。これにより具体的になる。
insights: new learnings about your partner’s feelings/
worldview to leverage in your design*
*make inferences from what you heard
1.2でインタビューで見えた「インサイト」を書き出す。ソリューションを後ほど創出する際にレバレッジできそうな発見を見出す。
4. Define problem statement @3min
______________(partner name/description) needs a way to ______________(user's need) Surprisingly//because//but ______________(insight)
上記の”__________”の部分を埋めてみることで、パートナーのギフト経験における問題(背景にあるニーズや特筆すべきこと)を構造化してみる。
Ideate: generate alternatives to test.>>アイデア出し:代替案をテストする
5. Sketch at least 5 radical ways to meet your user’s needs. @4min
ここからはアイデア出し。パートナーのニーズを満たすための新しくて過激なギフト経験のアイデアを最低5つ書き出してみる。ここはまだアイデア評価の段階ではないので、ラフでもなんでもいいので取りあえず数を出してみる。
6. Share your solutions & capture feedback. @8min (2 sessions x 4 minutes each)
5で考えたアイデアをパートナーに共有してみて、フィードバックをもらう。ここで気をつけるのは1にあった「共感」。フィードバックを通じてパートナーの持つ感情や動機を改めて探る。
Iterate based on feedback.>>フィードバックに基づき改善する
7. Reflect & generate a new solution. @3min
Sketch your big idea, note details if necessary!
これまでのステップで積み重ねたパートナーへの理解・共感と自身のアイデアを踏まえ、改めてギフト経験のソリューションを組み立て直す。
Build and test.>>プロトタイプを作り、テストする
8. Build your solution. @10min
Make something your partner can interact with!
ここからは紙の上ではなく、実際に色々なマテリアルを使ってプロトタイプを作ってみる。ギフトがモノであればそのモノを、目に見えない経験のようなものであればそれをイメージできるような造形を作ってみる。
9. Share your solution and get feedback. @8min (2 sessions x 4 minutes each)
What worked.../What could be improved.../Questions.../Ideas...
8で作ったプロトタイプをパートナーに共有し、フィードバックを得る。触ったり使ってみたりしてもらい、どうそれを使うのか(またどう間違って使うか)、どんな感想を持つのか、何かよくわかってないようならそれは何か、プロタイプに対するフィードバックを探る。
いかがでしょうか。体験してみたくなりましたでしょうか。
デザイン・シンキングのようなものは、書籍などを通じて学べることはあるものの、最後は実践して体験することでしか体得できないものであると思います。ただ、一方で方法論もまだそこまで一般化しておらず、仲間を募ってやってみようにも正直口でやり方を伝えるのは一苦労。そういう意味で、デザイン・シンキングの実践へのハードルを低くするこの取り組みは非常に意義のあることだと思います。
とは言いながら、こういったことをやろうと言って共感してもらえる人が周りにいるかは結構微妙かも。最初は、何かのワークショップやチームビルディングのような場で、アイスブレーク的な取り組みとして取り入れて見るのも一つの手ですかね。これを一つのきっかけにますます広がるといいですね、デザイン・シンキング。
2012年4月19日木曜日
デザインが直面している変化 -i.school春のシンポジウム「融合するデザイン」に参加して-
少し時間が経ってしまいましたが、先日、東京大学のイノベーション教育のプログラムであるi.schoolのシンポジウム「融合するデザイン」に参加してきました。シンポジウムは、LG Electronicsデザインセンター長のKun-Pyo Lee氏の基調講演と、ナレッジマネジメントの第一人者である紺野登教授ら複数名の識者のパネルディスカッションが中心の構成でした。
全体を通して、特にLee氏の講演が興味深かったです。最近LGをはじめとした韓国企業は、ブランド力で欧米では上位常連になっていたり、デザイン・技術の面でもリーディングカンパニーになりつつありますが(なってる?)、そのデザイン戦略・思想の一端を垣間見ることができました。ちなみに、LGと言えば、最近この「曲がる電子ペーパーディスプレイ」が話題になりましたね。
氏の講演の中で私が特に興味深いと思った点は、元来デザインを生業にする人たちの中にあるデザインの定義や役割の変化に対する問題意識の存在です。ビジネスにおけるデザインやデザイン・シンキングの重要性がホットになってきていて、職業的デザイナーではない人たちのデザインに対する関心・理解は広がってきている一方で、このような危機感が生まれているということは新鮮でした。
具体的には、「What?(何をデザインするのか)」「by Whom/for Whom?(誰が誰のためにデザインするのか)」という2点についての問題意識が強いという印象を受けました。
(Lee氏が直接的にWhatとWhomに問題意識があるとおっしゃっていた訳ではないので、念のため)
・何をデザインするのか(What)
一言で言うと、従来型のプロダクトデザインの領域におけるデザインの余地が減ってきているという問題意識です。Lee氏は"form is disappearing"という表現を使われていました。
冗談交じりに言われていたのが、「スマートフォンのデザインの余地は背面にしかなくなってきている」というもの。確かに「スマートフォン」で画像検索するとどれも似たようなフェイスですし、薄くなっているので側面にもデザインの余地はなく、UX(ユーザー・エクスペリエンス)もアンドロイド等のOSの制約を大きく受けるため自由度はそこまで高くないということです。
また、テレビも自立型から壁掛けになりデザインできる部分が少なくなり、さらに超薄化が進むと、究極は壁に引っ掛ける電子ペーパーのようになってしまうのではないかと。このCMは現在のテレビを象徴していますね。
Thief Cleverly Steals a Thin LG Television
・誰が誰のためにデザインするのか(by Whom/for Whom)
こちらは"users are getting bigger"という表現を使われていましたが、デザインする人とされる人の役割や関係がどんどん変化してきているというお話でした。ユーザー(もはや単なるユーザーとも言えない)の声が大きくなってきていて、デザイナーが推し出すデザインで簡単に満足して従うような状況ではなくなってきたと言います。
デザインする人とされる人の関係性や役割は、時系列で下記のような変遷を遂げているとLee氏は表現されていました。(左がサプライサイド、右がデマンドサイド)
・1950年代以前
craftsmen(職人)-neighbors(隣人)
職人がよく見知った隣人にテーラーメードしていた時代
・1950年代~1970年代
expert stylist(エキスパート・スタイリスト)-consumer(消費者)
その道のエキスパートが「これだっ」と提示したものを消費していた時代
・1980年代~1990年代
observer(観察者)-user(ユーザー)
実際にモノを使う人をしっかりと観察し、そのニーズに見合ったものを提供していた時代
・2000年代以降
facilitator(ファシリテーター)-participants(参加者)
モノを使う人がそのデザインプロセスにも参加し自分のほしいモノに関与する時代
一方的にサプライサイドから出ていた左から右の矢印(→)が、デマンドサイドのニーズを吸い上げる矢印(←)になり、さらには参加型ということで相互的な矢印(⇔)になってきています。デザインへの発言力というパワーバランスの意味でも、実際にアイデアを出す役割という貢献度の意味でも、デザインが「誰によって」「誰のために」されるのかという2つの「誰」の主体が両者とも徐々にデマンドサイドに移っていることがわかります。極端に言うと、使う人が自分が使うためにデザインする、というような世界でしょうか。
・これからのデザインは(What/Whom)
では、「これから」はどうなるのか(なるべきか)。デザイナーは何をする人になっていくのか。
まず、WhatについてLee氏は、LGの一つの戦略として「融合(convergence)」を掲げておられました。Whatの一つの選択肢として、iPhoneのようにまったく新たなデバイスやインターフェースを創造するという選択肢もありますが、事業コングロマリットのLGとしては色々なデバイスやメディアを通じてユーザーの持つ情報や生活シーンをシームレスにつなぎ、より快適な生活をプロデュースするという点をコアとしていきたいというお話でした。
(ここは正直どこのメーカーも言っているような話なので、あれ急に普通な話になった??な感じでしたが。。)
また、Whomについては、これからのデザイナーは「frameworker(フレームワーカー)」であるとおっしゃっていました。キーワードは、「Crowd」「Collective」「Open」。Wikipediaやオープンソース(Linux等)、アイデアコンテストのように、ユーザー群の知恵を汲み上げる枠組みをデザインできる人が、これからのデザイナーだという話です。
少し話がそれますが、IDEOのCEOティム・ブラウン氏が最近の講演動画で、同様の趣旨のことが話されていました。ユーザーとの関係が「for」から「with」そして「by」になってきているという話です。「OpenIDEO」というユーザー主導のイノベーションプログラムもこの流れですね。また、Paul Saffoという人の言葉として、19世紀は「the industrial economy」、20世紀は「the consumer economy」、そして21世紀は「the creator economy」という言葉も紹介されていました。これは職業としてのクリエイターの時代ということではなく、万人がクリエイターであるという意味合いです。
この動画、もしよければ下記よりどうぞ。40分弱と少し長め。
Tim Brown presentation
・デザインはなぜ変化に直面しているのか
ここは講演で言われていたことではありませんが、なぜ今デザインにおけるWhatとWhomが変化に直面しているのかを考えてみると、逆説的ですが、デザインへの理解が広がってきているということが背景にあるように思います。つまり、「Why?(なぜデザインなのか)」「How?(デザインとはどのようなものか)」についての理解の広がりです。
WhyとHowについての理解が広がると、なぜWhatとWhomが変化に直面するのか。単純化して言うと、下記のような構造だと思います。
・WhyがWhatの変化をもたらす
デザインの意味や重要性が理解されると、デザインにはより本質的な役割(問題解決)が求められるようになります。表面的あるいはギミック的なデザインは淘汰され、何をデザインすべきなのかが本質的な問題として浮上してくるように思います。
・HowがWhomの変化をもたらす
デザインの方法論がより一般的になると、技術としてのデザインがいわゆるコモディティ化し、デザインを担う(あるいは理解する)人の幅が広がるように思います。
上流のWhyと下流のHowが、中間のWhatとWhomをサンドイッチしているような感じ。デザインの意義が理解され、より一般的になるにつれ、デザインの再定義の流れが加速するということは非常に面白い現象だと思います。デザイナーあるいはデザインがこれまでの役割やスコープに留まると恐らくデザインはコモディティ化してくるでしょうし、一方で、デザインが新しいステージに進む一つの機会・転機でもあるかと思います。
最後にLee氏が引用されていた進化論のダーウィンが言ったとされる有名な言葉を。(ダーウィンが言った訳ではないという説もあるらしいですが。。)
”It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent, but the one most responsive to change.”
「この世に生き残るものは、最も力の強いものでも、最も頭のいいものでもなく、変化に対応できる生き物だ」
2012年4月15日日曜日
未来のためのデザイン -「信じられるデザイン」展を鑑賞して-
昨日、ミッドタウンで開催されている「信じられるデザイン」展に行ってきました。
「信じられるデザインとはどのようなものでしょうか?この問いに対して、デザインに関わりのある51名のクリエイターが、それぞれの解釈をメッセージとして寄せ、合わせて「信じられるデザイン」であるモノ・コトを一つピックアップして紹介するという内容。
そのデザインはなぜ信用できるのでしょうか?」
多くのクリエイターの方が、「信じられるデザイン」として、「安心安全なもの」「愛着のあるもの」「定番なもの」「堅牢なもの」を挙げられていました(私の印象です)。例えば、日本の新幹線のシステム、日本メーカーのウォシュレットトイレ・体温計、昔から使っている茶碗、といったものです。たまたまでしょうが、(確か新幹線など)1つのものを2人以上がピックアップしていたケースもありました。
そんな中で、興味深い解釈をされていたのが、デザイン・コンサルティング会社Zibaのディレクター濱口氏のパネル。この方、以前このブログで論文を取り上げさせていただいた方です。実は今回見に行ったのも濱口氏がきっと新しい視点をくれるに違いないと直感的に思っていたから。
引用していいのかどうかわからないけど、パネルに書かれていた一部を抜粋。肝心のじゃあ何(モノ・コト)が「信じられるデザイン」なのという部分は直接会場に足を運んでご覧になってください。
「信じる」ということは、「信頼する・信用する・安心する」とはずいぶん違う。そもそも、確かなことや正しいことは信じなくてよい。実は「ふつうのモノ」や「かんぜんなモノ」ではなく、どこか未完成で、もしかすると裏切りがあるかもしれない「あやういモノ」こそが信じる対象となる。例えば、我々の未来はあやういからこそ信じたい。
「信じる」には理由を超えた意思決定がなければならない。そしてそこには自由がある。敢えてあやうさを選ぶ自由。裏切られる自由。自らが失敗する自由。あやうさの先を夢見る自由。つまるところ信じられるデザインとは、ヒト・モノお互いのあやうさの上に成り立つ自由と緊張なのだと思う。
だから「信じられるデザイン」とは「裏切られてもいいデザイン」「あやうさのデザイン」である。
「信じられる」のは「あやういモノ」であるからであるとの解釈、大変面白く思いました。他の方のほとんどがまさに「ふつうのモノ」「かんぜんなモノ」を取り上げられていたので、その対比が非常に印象的でした。
私はデザインの人ではないので偉そうなことは言えないですが、デザインとは未来を創るためのものだし、常に進化するし、完成などない。また、「信じる」という意思には使う人のモノ・コトへの能動的な関与があります(安心安全や定番はある意味で受動的です)。使う人も一体となったデザインとでも言うのでしょうか。そう考えると、濱口氏の言う「信じられるデザイン」はデザインの本質であるように思えます。
実験精神/未来志向の精神/リスク(あやうさ)に対峙する精神の大切さを改めて思い、刺激をいただきました。他にも色々な解釈がありましたので、一度見に行かれてはどうでしょうか。
2012年4月9日月曜日
プロセスの落とし穴 -プロセスはイノベーションを促すか、妨げるか-
私が気にしているからかも知れませんが、いろいろな記事で、デザイン、デザイン・シンキング、ユーザー中心のアプローチといった新しいイノベーションの方法論についての論稿をよく見かけるようになりました。当然ながら企業で新しい事業や仕掛けを検討している人たちもその重要性に気付き始めているのではないかと思います。
下記の記事では、企業は非常に整ったプロセスが好きであり、それなりのお金をかけてしっかりとしたプロセスを用意すれば、まるでトーストでパンが焼けるように6ヵ月後には業界のゲームを変えるイノベーションが生まれていると考えがちではないかという問題提起がされています。
The Seven Deadly Sins That Choke Out Innovation
こぎれいなプロセスを用意しそれに従いさえすればイノベーションは創造できるか。答えは、もちろん「No」です。私もよくやりがちなのですが、新しい考えややり方を学習する際に、どうしてもプロセスの理解や整理から入ってしまうところがあります。イノベーションを促すはずのプロセスが逆にイノベーションを妨げることさえあるとして、この記事では、IDEOのニューヨーク責任者Ryan Jacoby氏の講演より、こういったプロセスを重視しすぎた場合に陥りがちな7つの罠を紹介しています。まずは簡単に引用。
1: THINKING THE ANSWER IS IN HERE, RATHER THAN OUT THERE:答えは「あっち」ではなく「こっち」にあると考える
「我々は机とメールに囚われているが、ブラックベリーからはイノベーションは生まれてこない」と。オフィスを出て予期せぬ場所からのイノベーションにオープンになるべきであると言い、Jacoby氏は毎日の通勤路で写真を撮ることを課しているそう。
2: TALKING ABOUT IT RATHER THAN BUILDING IT:「作る」よりも「協議する」
1に関連して、我々は会議・メモ・ディスカッションの世界に生きていて、これらは往々にして何か行動をすることを妨げると。作ってみること、そこから生まれる(洗練されていないかもしれない)プロトタイプはチームをモチベートしいつもと異なった思考を行うことを促すと言います。
3: EXECUTING WHEN WE SHOULD BE EXPLORING:「探索」すべき時に「実行」する
これもその名の通りで、まだ探索をすべき早すぎる段階で、プロジェクトの方向性の確定を行ってしまうマネジメントが行われがちと言います。
4: BEING SMART:スマートであろうとする
イノベーションとはまだこの世に見ない新しいアイデアであるため、誤りを恐れていてはイノベーションを導くことはできないという話。
5: BEING IMPATIENT FOR THE WRONG THINGS:誤りを受け止められない
イノベーションは時間がかかるが、エグゼクティブは往々にして早すぎるタイミングで非現実的な成果を求めがちと言います。
6: CONFUSING CROSS-FUNCTIONALITY WITH DIVERSE VIEWPOINTS:多様性を目的にしたクロスファンクショナルチームへの戸惑い
「多様性がイノベーションの鍵」と。ただそれは単純にいくつかの機能を寄せ集めるという通常企業が行うクロスファンクションとは異なるため、そこに戸惑いが生じやすいと言います。
7: BELIEVING PROCESS WILL SAVE YOU:プロセスがあれば大丈夫と信じる
イノベーション戦略を簡単に買うことはできないし、例え何か目に見える製品を生み出すことができたとしてもそのプロセスが成功を保証するわけでもない。プロセスを学び、プロセスを実行し、そのプロセスの中で(イノベーションを)リードするしかないと言います。
なるほど、確かにありそうな罠です。教科書を用意したら逆に教科書通りに進まないといったような感じです。イノベーションのプロセスを用意したのに、それが逆にイノベーションを妨げていると。
では、なぜこのようなことが起こってしまうのでしょうか。私は下記のような要因があるのではないかと思います。
・これまでのやり方に同質化する
プロセスに落とし込もうとすると、結局これまでと同じような発想で、会議体を設定して、議論・合意して、実行して、振り返るために会議体を設定して・・・と既存のレールの上にパーツを置いてしまう。結果何も変わらないプロセスが出来上がってしまうというオチ。
・表面だけなぞって「それやってる」感が生まれる
デザイン・シンキングと言うと響きは新しいですが、プロセスとして教科書的になり、要素だけをかいつまんで表面をなぞれば、これまで自分たちがやってきたことと対して変わらないじゃないかという話が出てきそうです。例えば、人間中心って現場主義・顧客主義と何が違うの?プロトタイプってやってるよ?みたいな。既存の何かに置き換えてしまうという現象。
・プロセスに従うことが目的化する
未知な領域、取り組みだからこそプロセスに助けてもらう意義も大きいのですが、逆に言うと、よくわからないことに取り組んでいるので目の前にあるプロセスに固執しこれに従うことが目的化してしまうリスクあり。
・プロセスが正しい=結果が伴う、という等式が前提になる
プロセスに従えば結果が伴うというある種の信頼感(甘え?)によって、そこに生まれる混沌や誤りを受け止められない、ということが起こりうる。誤りや失敗から学ぶことが重要なのですが。
・他から学習すること、疑うことが止まる
本来、プロセスはマニュアルではないので、それをベースに実践をしながらも、他から学習し、疑い、改善や実践に適応した形にアレンジしていくもの。現実は、プロセスになっていないこと=悪・ルール違反、といった誤った認識が生まれがち。
他にもあるかもしれません。いずれも、ものごとの本質を理解せずに、また実践を通じた実感値として腹に落とさずに、一足飛びにプロセスに落とし込んだ(本質を理解しない人たちにプロセスに従わせた)瞬間に起こりうる現象かと思います。
これらは、組織にイノベーションを根付かせる際の壁についての議論のように見えますが、個人が身近なところで新しいことを発想したり実行に移したりする際にも当てはまること。プロセス思考の気のある自分に自戒の意味を込めて。このブログもそうならないようにしないと。。
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