2011年12月27日火曜日

「短期記憶」をとらまえることでマーケティングは変わる -スーパーでの買い物を例にした思考実験-

最近知ったのですが、記憶には、長い期間、量もほぼ無限にストックできる「長期記憶」と、短い期間に限定され、量も有限という「短期記憶」の2つがあるそうです。感覚的にも確かにそうだなと思うところはありますが、短期記憶の量的な限界は7±2くらいだそうで、これを「マジカル・ナンバー7±2」というらしいです。今回はマーケティングにおける短期記憶を拾うことの意味について考えてみたいと思います。

・消費行動における記憶とは

消費行動における長期記憶とは、ブランドや製品に対する認知・イメージ、継続的に利用している製品・サービスの選択理由、消費者の価値観、そういった時間が経ってもあまり変化のない普遍的なものであり、ある程度漠とした抽象的な印象が主となります。

一方で、消費行動における短期記憶とは、何か商品を手に取った瞬間の選択理由、広告・宣伝を目にしたときの印象、商品を使用した直後の感覚(使用感)といった、時間が経つと記憶が薄れる、あるいはその時のシチュエーションや気分によって内容が左右される、非常に具体的で刹那的な印象が主となります。

・これまで「短期記憶」を拾うことは難しかった

当然ながら、マーケティングにおいて、消費者から短期記憶についてフィードバックを得ることは、非常に重要なインプットになり得ます。これまで、この短期記憶について企業がうまく消費者からフィードバックを得る方法は限定的なものであったように思います。

世の中にある定量調査・定性調査の多くは、記憶のうちの長期記憶を対象にしたものと言われます。確かに、商品を手に取った瞬間の選択理由、広告・宣伝を目にしたときの印象といったことを事後的にアンケートやヒアリングで聞くことはできますが、それが本当に「その時」の消費者の気持ちや印象であったかというと甚だ怪しいものです。また、調査会社(あるいは調査会社)を介したアンケートやヒアリングでは、調査側の解釈や限定あるいは誘導、消費者側の配慮(多分こう答えて欲しいんだろうな)がどうしても入ります。

厳密に短期記憶を取得するという意味では、POSデータ、店員がその場で客から受ける直接的なフィードバック、客が主体的に企業に訴えてくる感謝の声やクレーム、といったところが限界だったのではないでしょうか。

・スーパーでの買い物を例に「短期記憶」の重要性を考えてみる


スーパーでの買い物を例にして、今企業が把握できていることと把握できていないことを考えてみます。(私は業界に詳しくないので、もしかしたらこのうちの一部は既に把握できているのかもしれません)

■今把握できていること
  • 誰が買ったか(男女・年代等の限定的な属性のみ) ※会員カード等を持っている場合はその限りではない
  • 何を買ったか
  • いつ・どこで買ったか
  • なぜその商品を買ったか(曖昧な記憶レベル)

■今把握できていないこと
  • 誰が買ったか(属性を超えた詳細なプロファイル)
  • どういう状況で買ったか(週1回の定期的な買い物?仕事帰り?醤油を切らして?友人との家飲みで?)
  • なぜその商品を買ったか
  • 何と比較したか、なぜその商品に決めたか
  • 迷ったけど買わなかったものは何か、なぜか
  • どのような順にカゴに入れたか
  • 陳列、ポップ、売り場配置、照明、店員等への印象・評価 等々

こう考えると、マーケティングにおいて非常に重要な項目が、短期記憶で構成されており、いまだに十分に把握しきれていないことがわかります。

・消費者の「短期記憶」(あるいは行動そのもの)を拾う手段の出現

技術の進化によって、短期記憶を拾う手段が幾つか出てきています。消費者本人にアンケート等で聞き出すことで記憶を拾うだけではなく、よりファクトベースに消費者の行動そのものを追える技術も多いように思います。

・モバイル
スマートフォンに代表されるように、どこでもオンラインになる環境が整ったことで、リアルタイムに消費者に質問を投げかけたりフィードバックをもらったりすることができるように。購買や広告への接触の直後に(ほぼリアルタイムに)アンケートすることも可能。

・ソーシャルメディア(Twitter等)
消費者が何かを購入したり見たりしたその場で意見や感想を主体的に表現することができるように。一方通行ではなく、消費者間や消費者・企業間の意見や感想のやり取りも可能。

・生活動線の見える化技術(GPS、加速度センサー等)
消費者の位置情報や動くスピード(要は、どんな交通手段で動いているか)を把握できるので、生活・消費の動線をリアルタイムに見える化できる。

・消費瞬間の行動認識技術(顔認識、アイトラッキング、モーションセンサー等)
消費者の棚を見る目の動きや、商品を手に取るときの動き(躊躇してるとか、棚戻すとか)がわかるように。(知りませんが)顔認識とサーモセンサーとか絡めれば感情とかもわかるのかな。

・商品の動きを追う技術(RFID等)

棚から取られた、カゴに入れられた、一度手に取られまた棚に戻された等の商品の動きを追うことが可能に。これは直接的に消費者の短期記憶・行動を追うものではないですが、消費者の属性と紐付けることでそれを補うことが可能。

・こんなことができたらマーケティングは進化する(かも)

上述したような技術たちを活用すれば、今まで把握できなかった消費者の行動や思考のパターンが見えてくるのではないでしょうか。稚拙なアイデアではありますが、スーパーを例にとっても、下記のようなことも夢ではない(と言うか既にやられている?)ですね。

  • GPSや加速度センサーを利用し、店に来るまでの動線や立ち寄りポイント、交通手段等から買い物の目的や経緯を把握
  • 棚やPOPにQRコードがあり、読み込むとモバイルアンケートにつながる。店での陳列や内装、キャンペーン等の感想や評価をもらう
  • カートにGPSをつけ、動線や買い物パターンを把握
  • POSとアンケートを連動し、買い物直後に数点の商品について購買要因を把握
  • 顔認識・アイトラッキングで商品選択に迷った過程や棚への視点の持っていき方を把握
  • 商品をカートに入れる際にセンサーとRFIDで商品の判別を行い、レジ待ち中にでもアンケートで数点の商品について購買理由等を確認
  • 事前の買い物メモ(アプリ?)と実際の購買商品の差異から衝動買いの構造を把握 
  • 3つくらいの項目について良かった/悪かったを答えるための評価ボタンをレジに設置
  • 商品使用中/使用後に答えられる数問のモバイルアンケート、Twitter等での感想の投稿 等々

他にもやり方は幾つもあると思います。当然少なからぬ投資が伴うことばかりなので、どのような出口(打ち手、成果)がありうるのかを十分に検討すべきかとは思いますが、このように短期記憶(あるいは行動)をとらまえることができれば、大きくマーケティングは変わるのではないかと思います。こういう実験的なことやってみたいな~。

2011年12月25日日曜日

ゆく年/くる年のマーケティングリサーチは? -『Research in 2012: new methods, stronger structures and less PowerPoint』より-

これからの時期、各業界において2011年の振り返りと2012年の展望が続々と出てくる時期なのかと思いますが、マーケティングやマーケティングリサーチの業界においてもぼちぼちとそのような記事が出てまいりました。今回読んだのは、米国のテクノロジー関連調査会社のForrester Researchから『Research in 2012: new methods, stronger structures and less PowerPoint』というレポート(正確にはそのAbstract)です。
(どうでもいいですが、この手のレポートってなんでこんなに高いんでしょう。満足しなかったらリファンドするとは言え、499ドルって・・・)

Abstractの要約ってのも変な話ではあるのですが、自分の中での整理のためにも、マーケティングリサーチにおける2011年の振り返りと2012年の展望をメモ(かなり意訳)。

2011年の振り返り

・「ソーシャル」なリサーチは盛り上がるもそこまで伸びず

ソーシャルなツールやソーシャルメディアのリサーチ目的での利用への関心が増し、特にMROCs(market research online communities)が特に関心を引いた。ただし、実際にこのような手段を用いてマーケットの声を抽出するという取り組みはそこまで伸びなかった。

・ROI(投資対効果)へのプレッシャーが増加
経済の状況もあいまって、マーケットインサイト(平たく言うと調査)の経営への貢献(成果)をより見える化すべきという圧力が高まっている。2011年の早い段階で調査ものの1/3でエグゼクティブへの説明が求められるような状況だったが、2012年には半分以上でそのような状況になるだろうと。クライアント企業のKPIの改善への寄与、および投資対効果の視点で厳しく貢献度合いが問われる。

・新しい方法論への興味は限定的
ゲーミフィケーション、予測市場、アイトラッキング、モバイルリサーチといった革新的な技術・方法論について、取り組んだ企業は業界問わず限定的だった。幾つかのベンダー企業(供給者)は積極的にその展開を推進しており、ベンダードリブンの展開は続くと予想。

・ビッグデータをどのように扱えばいいのかわからず
企業が利用可能な多岐にわたるデータ(いわゆるビッグデータ)を意味ある活用につなげることがマーケターにとって大きなチャレンジとなっており、ベンダー(供給者)サイドではツールの拡張やM&Aを積極的に展開。一方で、クライアントサイドはまだそこまでの関心を示さず。ただし、その重要性からも、ここ数年で関心は高まる見込み。


2012年の展望(のうち幾つか)

・モバイルリサーチが(ようやく)本格導入
これまで期待されながら、期待以下の導入スピードだったモバイルリサーチの導入がようやくクライアントサイドで進みそう。同時に、適切なモバイルリサーチについての方法論やマルチプラットフォーム/デバイスでのリサーチマネジメントについてのあり方に対する議論が起こる。

・情報サプライチェーンの最適化
マーケティングリサーチの世界で多くのインタビューやプロジェクトが実施され複雑化が進むにつれて、リサーチを担当する者のコア業務はレポートを書くことではなく、情報サプライチェーンの最適化に移行する。それに伴い、多くの組織で情報や調査結果のフローを効率的にマネジし、タイムリーに情報にアクセスできるように模索が進む。その中で、複数のベンダーや情報ソースを跨いだ分析を通じた価値創出が起こり、外部事業者にもベンダーではなくパートナーとしての役割が求められるようになる。

・リサーチアウトプットの変化への要求の高まり

世の中が、静的で一次元のデータではなく、双方向的でより視覚的で刺激的なグラフィックで構成されてきている中で、パワーポイントのチャートは飽きられるだろう。リサーチ以外の部門では、より視覚的でユニークな形式で情報を提示するようになってきており、リサーチについてもその期待は高まる一方。外部リサーチベンダーにも、例えばデザイナーやデザイン会社への依頼を行うような、先駆的な取り組みが求められる。


2012年の展望について、これらを、タイムライン、品質、洞察の深さ、革新性をバランスして進めること、それだけではなく自前主義で進めず、コスト低減を行いながら進めることが求められていると書かれています。うーん、難しい。

個人的には「情報サプライチェーンの最適化」というところが本質的なポイントではないかと思います。手段は色々、データは色々、でもそれをいかに統合してうまく経営や事業展開に活用するか。パワポを数十枚も納めながら数枚(場合によってはゼロ枚)しか採用されない外部リサーチベンダー、いちいち手直しのリワークを求められるクライアント側担当者、どちらも不幸じゃないですか。「オンデマンド」と言われて久しいですが、これが本当の意味で実現されていくことが期待されます。

2011年12月23日金曜日

「ネクスト」プラクティス -故C.K.プラハラード教授のコラムより-

ベスト・プラクティス。業界を語る時、何か新しい製品・サービスについて考える時など、必ずこのワードを出す人が周りにもいるのではないでしょうか。コンサルタントが好む言葉の一つです。
最も効果的、効率的な実践の方法。または最優良の事例のこと。
ビジネスや経営においては、世界で最も優れていると考えられる業務プロセス、業務推進の方法、ビジネスノウハウのことをいう。
(『@IT 情報マネジメント』より)

ベスト・プラクティスという考え方は、業界におけるキャッチアップや競争優位を考えるためのベンチマークとしての活用といった、特定の目的においては有用ですが、万能ではないということはビジネス界に共通の認識だろうと思います。
特に業界のリーダーを目指す、何か革新的なことを創造する、といった目的には不向きであるように思います。

また、ビジネスの展開や新陳代謝が非常に早い昨今では、現在のベスト・プラクティスが(極端ですが)明日には陳腐化してしまうというケースもあるように思います。

これに対して、業界でのリーダーとなること、あるいはイノベーションの創造を目的とした時に必要となってくるのが、将来のベスト・プラクティスである「ネクスト」プラクティスです。
私の知る限りで、この考え方のオリジナルは2010年に亡くなった故C.K.プラハラード教授(ミシガン大学ビジネススクール)です。積読(つんどく)にしていた、ハーバード・ビジネス・レビュー2011年11月号をパラパラとめくっていたところ、プラハラード教授のネクスト・プラクティスに関するコラムが掲載されていたので、少し引用します。

ちなみに、英文の記事もこちら(Column: Best Practices Get You Only So Far)にあります。
・企業は、業界ナンバーワン企業のベスト・プラクティスに特に注目し、それを実践しようとする。
(中略)
これで競合他社と肩を並べることはできるかもしれない。しかし、それだけでは市場リーダーになれないだろう。私がこの20年間、CEOたちに説いてきたように、企業が勝ち組となるには、大きなチャンスを見出した上で、将来のベスト・プラクティスになる「ネクスト・プラクティス」を考案することである。

・ネクスト・プラクティスの着想は、ひとえにイノベーションにある。すなわち、将来像を思い描き、到来するであろう大きなチャンスを見極めて、それに投資できる能力を構築することである。

・大半の経営幹部は、画期的なチャンスの発見は難しいと思い込んでいる。なかには実に明白なチャンスも存在するが、ピーター・ドラッカーは、かつて、最高のチャンスは「目に触れても認識されない」と語っている。

・(前略)イノベーションのチャンスととらえるよりは、むしろ問題として扱うことに執着する。

・ネクスト・プラクティスをつくり上げる方法を見つければ、多くのチャンスがある。実際のところ、経営幹部を束縛している要因は、資源不足ではなく、想像力不足なのだ。

これって、企業のビジネス展開においてのみならず、個人のキャリアや投資についてもまったく同じことが言えますね。流行ってきたからやれソーシャルだ、やれグローバルだと右往左往するのではなく、目に触れているけど認識できていない機会をしっかりと見極め、行く先を定めることが重要ですね、と自戒。確かに、ものごとを問題と捉えるのかチャンスと捉えるのかという点で、認識できるものやその見え方は大きく違ってきそうです。

ちなみに、私はこのC.K.プラハラード教授の著作が好きで何回か読んでいますがお勧めです。特に有名なのが下記の2つですね。こう見ると教授の視点は常に過去ではなく未来に向いています。

コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略
ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略

2011年12月21日水曜日

従来型サーベイは消えるのか -『No Surveys in 18 years!』より-

先日、DIYリサーチについて2つのエントリ(1つ目2つ目)で、DIYリサーチは調査会社や企業の調査部門に閉じていたマーケティング・リサーチの門戸を広くユーザー企業全体(あるいは個人)に広げるものとして、面白い動きだと書きました。

そんなエントリを書いたのもつかの間、『No Surveys in 18 years!』という、より刺激的な記事に目がとまりました。以前、マーケティングリサーチの12の新しい潮流について取り上げたエントリで引用したRay Poynter氏のブログです。

短い記事なので原文を読んでもらうのが早いと思うのですが、抄訳で論点をメモします。

*******************************抄訳はじまり*******************************
サーベイはこの18年でなくなる。(2年前に20年でなくなるとした考えから変化なし)
なくなるとする理由は下記。
  • 「長い」「退屈」で形容される現在の多くのサーベイが、改善される気配がない。むしろブランドモニタリングやCSサーベイ等にいたってはより悪化してきており、回答者の協力率も低下している
  • 伝統的なサーベイは遅くて、高くて、クライアントニーズからすると洞察が浅い
  • 関心の焦点が、「実際の会話」に移ってきている

かと言って、ソーシャル・リスニング/モニタリングが既存のサーベイに取って代わるとも考えていない。
サーベイとの置き換えが起こるのは下記の2つ。(あえて原文の言葉のままで)
  • Single questions
  • Discussions

そのベースになるのはコミュニティ・パネルとアクセス・パネル。
  • コミュニティ・パネル:一つのブランドやトピックに関連付けられたコミュニティとしてのパネル
  • アクセス・パネル:料金を払えば誰もが都度利用できるパネル
この2つには、膨大な量の情報、観察データ、サーベイデータ、トランザクションデータ、ソーシャルメディアデータが蓄積される。
この中で何か新しい知見を得ようとした場合に利用されるのは、モバイルからも答えられるような1つか2つのシンプルな質問(Single questions)。恐らく自由記述が多くなるだろう。
人々が何を考え、何を知っているかを窺い知る、より自然な方法はディスカッション(Discussions)。ソーシャルメディアにおいて質問を投げかけたり会話の輪を作り上げたりするような動きが生まれる。

ただし、サーベイも幾つかの形式では残る。
コミュニティ・パネルに属さない人に対する社会調査、心理学的な調査、5,6問くらいでモバイルで答えられるミニ調査など。
ただし、2011年現在主流の20問~40問のチェックボックスやグリッド形式を多用した調査はなくなるだろう。
*******************************抄訳おわり*******************************


Ray Poynter氏は上記にあるコミュニティ・パネルというものを推進している人のようなので、やや偏った意見になるのかもしれませんが、DIYのような「シンプルに、コスト安く、より早く」というところは方向性として似ています。あとは、「会話」といった部分や「データ解析」といったところが既存のサーベイには難しい、新しい価値軸なのですかね。いずれにしても、マーケティングリサーチには進化・変化が求められていることは間違いないように思います。

2011年12月17日土曜日

「DIY(Do It Yourself)」への賛否 -DIYリサーチに考える(追補)-

前回のエントリ(BtoBにおける「DIY(Do It Yourself)」の事例 -DIYリサーチに考える-)で、マーケティング・リサーチ(以下、MR)におけるDIYの流れを取り上げました。

前回のエントリから今日までの間に、DIYリサーチサービス提供企業のSurveyMonkeyによる競合買収のニュース(SurveyMonkey Acquires MarketTools’ Zoomerang, ZoomPanel, and TrueSample via TPG Capital)もあり、海外では早くも次の展開を見せているようです。

前回は詳細に立ち入りませんでしたが、このDIYリサーチには直感的にも功と罪があるということをお感じになられる方も多いのではないかと思います。リサーチ業界でも肯定派/否定派両方の意見が存在するようです。

ここでは、前回も紹介した下記のような出典をもとに、両者の言い分を整理してみたいと思います。

■下記出典が紹介されていた記事
Stop Calling It "DIY Research"

■肯定的記事
Why DIY marketing research is good for our industry
Why DIY Research is Good for Everyone

■否定的記事
5 Dangers of DIY Research
D-I-Y Market Research: Worse than no research at all?


肯定派/否定派の言い分

まずは、肯定派の言い分。
  • 顧客の声を集めるための、手段・選択肢が増える
  • 早まる事業展開に対応すべく、すばやく(今すぐ)データを入手できる
  • ローコストで顧客の声を集めることができる
  • (敷居が低くなり)よりデータ/ファクト・ドリブンの意思決定が根付く
  • マーケティング・リサーチ(以下、MR)がリサーチ部門の専売特許ではなくなり、全社的にカスタマーインサイトの重要性が根付く
  • 結果として、より本格的なリサーチにおいて、リサーチ業界への還流が期待できる
  • 「プロ」よりも簡潔でシンプルな調査が可能(プロが実施する調査の(不必要なほどの)複雑化)

次に、否定派の言い分。
  • サンプル(回答者群)が限定的であり、正確な意思決定に足るデータを集められるものではない
  • 質問や選択肢を目的に沿って適切なものにする方法論が利用する企業に不足している
  • 目的と明確にリンクしない不完全な調査が横行する
  • 適切な回答を得るためのアンケートインターフェースの構築ができない
  • 素人が作ったわずらわしいアンケートが大量に押し寄せ、消費者が回答する意欲をなくす(回答率が下がる)

個人的な所感 DIYは積極的に支持したい

どちらの言い分にも一理あるとは思いますが、否定派の言い分は若干弱いのではないかと思います。と言うのも、どれもリサーチを実施する人間の(DIY)リサーチ経験が不足することによるものが多く、「時間の問題」「改善が期待されるレベル」ではないかと思うからです。多くが技術・知識の問題であり、フレームワーク・システムを用意すれば最低限のレベルには改善されるものではないかと思います。また、クライアントとリサーチ会社間の人の行き来も増えてきている現状で、内製化しうる人材レベルになってきているとも思います。

それ以上に、メリットの方が大きいでしょう。コスト面・効用面での選択肢が広がることは当然ながら、リサーチの本来の目的を考えますと、「MRがリサーチ部門の専売特許ではなくなる」という点が重要であるように思います。顧客の声を拾うのはリサーチが全てではないですが、企業が口だけではなく顧客視点に一歩でも近付くための重要な手段になるのではないでしょうか。上述の『Why DIY Research is Good for Everyone』にある下記の記述に激しく共感です。
Seth Godin is often quoted as saying, “marketing is too important to be left to the marketing department.” DIY research activity tells us, “market research is too important to be controlled only by a market research department.”

既存のMRには答えるべき問いがある

また、DIYの欠点(未発達な点)がある一方で、既存のMRにも当然ながら欠点はあるように思います。例えば下記のような点にリサーチ会社は答える必要があるのではないでしょうか。
  • より複雑でスピーディーな事業展開をするクライアントの事業や業界構造を、本当に外部にいてキャッチアップできるのか
  • 温度計が温度を変えるじゃないが、調査対象と調査主の間に第三者が入ることで事象の解釈のズレや種々のラグが生じるのではないか
  • 大量のペーパーが納品されるものの結果意思決定に使われるのは1枚2枚(場合によってはクライアントが作り直し)
  • 目的を忘れがち、複雑で長い調査票を作るのはむしろ外部プロではないか 等々

DIY 今後の課題

DIYの今後の課題として3つほど思いつくものを列挙してみます。

1つ目は、サンプルの問題です。現在は自社の(何かしらアプローチする手段のある)顧客が主な回答者候補になるはずであり、例えば既存の顧客以外に対する調査等には不十分なサンプルであることは確かです。ただ、ジャストシステムのFastaskは既存リサーチ企業のパネルと連携しているらしく、その点は解消されていそうです。

2つ目は中立性という観点です。上記の記事にはなかったように思いますが、「中立性」というものは外部プロの価値かもしれません。ただ、既存の調査業務の中でクライアントにおもねるような設計や示唆出しを行っていない限りにおいてですが。

3つ目は、コストの観点です。上記にローコストで顧客の声を集められると書きましたが、それはあくまでも調査一回にかかるコストのこと。COPQ(Cost Of Poor Quality)という考え方があるらしいのですが、品質が低い場合に発生しうる追加コストによって、結局トータルのコストが過剰にかかってしまうという現象が起こりえます。例えば、旅客産業のように安全がマストな業界ですと一つの不具合が発見されれば全点検が行われるのですが、このような「やり直し」はDIYリサーチにおいても当初大いに想定されます。これも習熟によっていずれ解決される問題だとは思いますが、企業にとってこれを学習への投資と捉えられるのかどうかという点はポイントなのかもしれません。


個人的には前回/今回のエントリに書いたようにDIYの流れが加速することに賛成ではあるのですが、さてどのようになりますでしょうか。

2011年12月12日月曜日

BtoBにおける「DIY(Do It Yourself)」の事例 -DIYリサーチに考える-

ファストフード、日曜大工、ガソリンスタンド・・・。様々な業種やサービスで「DIY(Do It Yourself)」「セルフ」といったコンセプトは当たり前のこととして広く浸透しています。

このDIYの考え方は、最初はBtoC(消費者向け事業)で広く普及したように思いますが、昨今ではBtoB(事業者向け事業)の世界にもその波は広がってきているように思います。BtoBにおけるDIYは、言い換えると「内製化」と言えるかもしれません。

内製化の要因は幾つかあるかとは思いますが、大きくは下記のようなところでしょうか。
  • 技術や手法の進歩による作業の一般化
  • 情報の非対称性の解消による外部プロの相対的価値低下
  • 企業内スタッフの技術・知識の習熟(技術・知識のコモディティ化)
  • 人材の流動化による外部プロ人材の流入
  • コスト低減の圧力

私もかつて生息していたコンサルティング業界はその典型のようなところがありまして、プロジェクトの短期化や単価の下落、モジュールの切り売り(必要なところだけつまみ食いされる)といった現象が起こっていました。

さて、今回取り上げるのは、そんなDIYの流れがマーケティングの世界にも押し寄せてきているという話です。ここではマーケティング・リサーチ(以下、MR)を例に取り上げます。

通常のMRでは、リサーチ会社がクライアントへのヒアリングを通じて課題や仮説を整理、その上で質問を作り適切な対象者を集めてアンケートを実施、回答が集まればデータを様々な角度から分析し当初仮説に照らした検証と示唆を導出してレポーティングを行う、というのが、一般的なビジネスプロセスかと思います。

「DIYリサーチ」とは、このプロセスの多くをクライアント(企業)が自前でできるようにする仕掛けでして、その多くはWebサービスを通じて上記のようなこれまで外部プロが行っていた作業を自前で行えるようになっています。国内外の代表的なDIYリサーチサービスは下記のようなところでしょうか。

Survey Monkey(海外のデファクトサービス)
Fastask(日本で最近ジャストシステムがリリースしたサービス)

最近下記のような記事を読んだのですが、DIYリサーチには、リサーチ業界でも肯定派/否定派両方の意見が存在するようです。多分に、リサーチ会社にとっての”仕事”が奪われるという懸念から来る否定的意見もあるように思われますが。。

■下記肯定派/否定派記事が紹介されていた元記事
Stop Calling It "DIY Research"

■肯定的記事
Why DIY marketing research is good for our industry
Why DIY Research is Good for Everyone

■否定的記事
5 Dangers of DIY Research
D-I-Y Market Research: Worse than no research at all?


肯定派/否定派両方のポイントを紹介したいところですが、長くなってしまいそうなので、また機会を見て整理をできればと思います。

個人的にはメリット・デメリットを踏まえつつ、どんどんDIYが進み、外部プロはより付加価値の高い作業や別軸の価値の創出を行えばいいと思います。この既存価値のコモディティ化と新機軸の価値創出はイノベーションの一つのパターンです。この「DIY化」自体も一つのイノベーションであると思いますし、それによって今後起こるであろう外部プロによる新たな価値創出も一つのイノベーションになることでしょう。

余計なお世話かもしれませんが、意固地に新しいサービスの不完全さと外部プロとしての価値を主張していても、技術や知識のコモディティ化は避けられない中で、同じことをしていては価格低下圧力が増すのみです。

上記の『Stop Calling It "DIY Research"』では、DIYリサーチを既存のMRとまったく異なるタイプのリサーチとして捉えるのではなく、(意味ある)ツールの一つとして捉えるべきであると書かれています。食事を考えてみればわかるように、人は一日のうちに、昼にマクドナルドや吉野家でランチをしたと思えば、夜は高級なレストランでディナーをするわけです。ケースバイケースで複数の選択肢から適切なものを選べるということで非常にポジティブなことだと思います。

さて、このDIY化のイノベーションはどこから起こってくる(起こっている)のでしょうか。その当時を実体験として知りませんが、かつてMRの中心が郵送や訪問からオンラインに移った時にも、その変化の中心には既存の事業者ではなく新しい事業者がいたと言います。上記のジャストシステムなんかはリサーチ会社でもなんでもないわけで、このような「外縁」からの変化ということが今回も繰り返されるのかもしれません。


【追記(2012.12.12)】
Survey MonkeyとFastaskについて、同系統のサービスのようにご紹介していましたが、お二方からTwitterで下記のようなコメントを頂戴しました。同じDIYリサーチながら、少し(だいぶ?)性質が異なるようです。

@Experidgeさんより。
@sh0tk Survey Monkeyと、Fastask(日本で最近ジャストシステムがリリースしたサービス)との違い:前者は外部或いは手持ちの対象者のメールアドレスを自由に登録して自前の調査が可能。後者は提携ネット調査会社のパネルのみ利用可とのこと。パネル会社も儲かる仕組み。

@madarameさんより。
Survey Monkeyはシステム貸し、Fastaskは通常のネットリサーチを喰っていく流れでしょうかね。RT @sh0tk: ブログ書いた。>BtoBにおける「DIY(Do It Yourself)」の事例 -DIYリサーチに考える-

私なりの理解では、前者は顧客とのコミュニケーションに軸足を置いたサービス、後者は純然たるリサーチサービスの一種。前者はある程度住み分けが効くし、後者もパネルを持つリサーチ会社とはWin-Win。実は、両者ともリサーチ会社というよりも、「リサーチャー」の仕事を奪うのかもしれません。

2011年12月8日木曜日

「イメージ」の危うさ -実は「低栄養化」している日本人-

「イメージ」という言葉は非常に便利な言葉です。オフィスでもよく「そうそう、そんなイメージで進めてください」とか「イメージで言うとXXXな感じですかね」といったやり取りをよく耳にするのではないでしょうか。

抽象的な概念レベルの議論やゴールや目的といった前提条件をしっかりと共有できているチームにおける議論においては有用な言葉ではありますが、議論している事柄を具体的な言葉や数字で表現できない時に苦し紛れに濫用される傾向も否定できません。

この、「イメージ」の危うさを感じたのが、『選択』2011年12月号の『「低栄養化」している日本人』という記事です。以前のエントリ(『数字には意図がある -「基準値」によって変わる「患者数」-』)でも少し引用した柴田博医学博士の連載です。

ここで紹介されていたのが、日本人のエネルギー摂取量(キロカロリーのやつです)の実態です。

皆さんは、最近の日本人のエネルギー摂取量は昔に比べてどのように変化しているとお考えになられるでしょうか。(タイトルに書いてしまっているのですが。。)

「イメージ」で言うと、「飽食の時代」「メタボ」「欧米化」「食生活の乱れ」といったように、大きくエネルギー摂取量が増えているという印象を抱かれるのではないでしょうか。

事実はその逆で、記事によると、日本人の低栄養化が進んでおり、過去に比べても摂取エネルギーは減り続けている、ということです。驚きじゃないですか?

日本社会は高齢化により高齢者が増えている、摂取エネルギーが減少するのは当然、という反論が想定されるところですが、それに対しても下記のように年代別に推移が数字で示されていてます。(結論的には、ほぼ年代に関係なく減少しています)



※出所は厚生労働省の国民健康栄養調査
※「小学校・中学校世代のエネルギー摂取量が減っていないのは給食に依拠しているから」等の年代別の数字に意味合いも記述があって面白いのですが、話がそれるので割愛

この連載の過去の記事には、日本人の総カロリー摂取量は、終戦直後の1946年より、今の方が低くなっており、現代の方が低栄養。1946年の1日の平均摂取カロリーが1903キロカロリーであったのに対して、2008年は1867キロカロリー、とあります。

これはまさに「イメージ」と実態がかけ離れた、いわば空中戦が展開されている典型例ですね。実態や事実を無視し、日本人のエネルギー摂取量について単なるイメージだけで語られ、逆行する政策や妙な健康法ができあがるということを想像すると、怖くなります。

上記はあくまでも一つの例ではありますが、「イメージ」で語る時に必ずセットで見ておかなければいけないのが、ファクトであり数字なのだと思います。「イメージ」という言葉、便利な言葉であるだけに気をつけなければいけないですね。

2011年12月3日土曜日

交差点 -『スティーブ・ジョブズⅠ/Ⅱ』を読んで(その2)-

スティーブ・ジョブズの評伝(/)を読んだ際のメモは以前こちらのエントリに書きましたが、少し時間をおいてなおリフレインしてくるフレーズがあるので追加でメモします。

この書籍で何度か出てきたフレーズが「交差点」です。

文系と理系の交差点、人文科学と自然科学の交差点という話をポラロイド社のエドウィン・ランドがしてるんだけど、この「交差点」が僕は好きだ。魔法のようなところがあるんだよね。イノベーションを生み出す人ならたくさんいるし、それが僕の仕事人生を象徴するものでもない。
アップルが世間の人たちと心を通わせられるのは、僕らのイノベーションはその底に人文科学が脈打っているからだ。すごいアーティストとすごいエンジニアはよく似ていると僕は思う。どちらも自分を表現したいという強い想いがある。たとえば初代マックを作った連中にも、詩人やミュージシャン活動をしている人がいた。1970年代、そんな彼らが自分たちの創造性を表現する手段として選んだのが、コンピュータだったんだ。レオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロなどはすごいアーティストであると同時に科学にも優れていた。ミケランジェロは彫刻のやり方だけでなく、石を切り出す方法にもとても詳しかったからね。
僕は子どものころ、自分は文系だと思っていたのに、エレクトロニクスが好きになってしまった。その後、『文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある』と、僕のヒーローのひとり、ポラロイド社のエドウィン・ランドが語った話を読んで、そういう人間になろうと思ったんだ

あの有名な”Stay hungry, Stay foolish”で知られるホールアースカタログの発行人スチュアート・ブランドもこのように語っていたと言います。
スティーブはカウンターカルチャーとテクノロジーが交わるところに立っています。人が使うためのツールという概念を体現しているのです。

以前こちらのエントリでご紹介した「追悼 スティーブ・ジョブズ」(Mac Fan 12月 臨時増刊号)にも、ジョブズの下記のような発言が紹介されていましたね。
我々はいつもテクノロジーとリベラルアーツの交差点に立とうとしてきた。技術的に最高のものを作りたい。しかしそれは直感的でなくてはならない。

この「交差点」という言葉、やけに残るんですよね。

一体、自分は何と何の交差点に立つのだろう?

そんなことを考えながら週末に突入です。

2011年11月29日火曜日

これからのイノベーションの形 -MITメディアラボ所長伊藤穰一氏の講演を聴いて-

先日、「ソニー寄附講座 公開シンポジウム2011 人類・社会の新たなる発展をめざして」に参加してきました。このシンポジウム4回制のシリーズものだそうだが、そのうち2回目の「インターネットと人類の未来」という回に。登壇者は今年MITメディアラボの所長に就任された伊藤穰一氏と、慶応義塾大学環境情報学部の村井純教授。

予定があって、冒頭1時間ほどしかいられず、伊藤穰一氏の講演部分しか聞けなかったのだけど、非常に面白い講演でした。お二人のディスカッションまでいたかったな~。

講演の内容は、
・インターネットの出現によってイノベーションはどのように変わったか
・(事例として)インターネット大震災や中東の革命運動にどのように力を発揮したのか
・今後、インターネットをどのように活用し、ネット市民としてどのように振舞うべきなのか
といった内容だったように記憶しています。

伊藤氏が言うに、「Before InternetとAfter Internetで世界は大きく変わった」「イノベーションのスタイルが、中央管理型イノベーションから分散型イノベーションになった」ということ。通信やコミュニケーション、移動といった各種コストが大幅に下がり、イノベーションが大企業や公共のものだけではなく、誰にでも手掛けられるものになったと言います。この創発的なイノベーションが(大震災や中東の革命に代表されるような)各種取り組みとして現れてきているということです。

私は技術者ではないし、そこまでネットに詳しいわけではないので、イノベーションのあり方の変化という文脈で聞いていたのですが、伊藤氏もそれに近いことを言っていました。
インターネットは技術ではない。哲学である。

分散型イノベーションや創発的なイノベーションというものは、別にインターネットの技術的な側面に限った話ではなく、色々な分野に応用可能であるように思います。下記は講演中に紹介された象徴的な言葉です。

Rough consensus Running code. (David D. Clark)

簡単な共通認識で、まずやってみる。ソフトウェアの世界では、「アジャイル開発」という方法論があるらしいですが、企画やマーケティングの世界では「プロトタイプ」「β版」というところに近いでしょうか。高速に仮説検証を繰り返すことが必須ですが、非常にコストエフェクティブなやり方であるように思います。

Small Pieces Loosely Joined. (David Weinberger)

最近のネット界隈のスタートアップはTwitterでもInstagramでもなんでも立ち上がりはスモールチーム。企画・開発を小さくまずは走らせてみるのと同様に、それを担うチームも少数精鋭で身軽に意思決定早く、場合によっては方向転換や解体と集結を繰り返せることが理想であるように思います。

Tha Power of Pull. (John Seely Brown)

リソースとか技術を必要に応じて引っ張ってこれる力。これは最初はスモールチームで、という考え方とセットであるようにも思います。在庫と同じで資産を持ちすぎても重たくなってしまうだけ、最初から持っている必要はなく、手繰り寄せるネットワークを準備していればコトが起きてからでもアドホックに強いチームが組成できると言います。

Question Authority Think For Yourself. (Timothy Leary)

権威に従うのではなく、自身の信念に従う。もはや中央から何かイノベーションが出てくることを期待するのではなく、一人ひとりが何かを起こすことが重要。イノベーションコストは下がっているのでどんどんやったほうがいいということです。

Code is Law. (Lawrence Lessig)

一方で、誰でも世界を動かすチャンスがあるということは、誰にでも(ここではコードを書く人)法を作る人と同じくらい責任がある。例えば、中東のある国では顔認識やクラウドソーシングを利用し、デモ等の写真に写った反政府の人の名前を特定し政府が粛清している、ということです。先進国の秩序を保つための技術が弾圧に使われることがあるということを肝に銘じるべきということでした。

最後に、伊藤氏が話されていた「Serendipity」という言葉をご紹介。「偶然性」「偶発性」とでも訳すのでしょうか。最近は日本語で「セレンディピティ」という記述も見ますね。以下は、Wikipediaからの引用
セレンディピティ(英: serendipity)は、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」を指す。平たく言えば、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、幸運を掴み取る能力のことである。


以前とは異なり、入念に企画・計画を立てて、その通りにうまくいくことは少なくなった。ブラック・スワンにもあるように、世の中の意味のある事件は予想されていないものが大半。それであれば、何かが起きたらすぐ動けることにフォーカスしたほうがいい。その源泉は分散化イノベーションであり、インターネットである。というのが伊藤氏の主張であったように理解しました。

確かこのシンポジウムの夜だったか(違ったかな?)、頓知の井口CEOのツイッターで下記のような言葉の紹介が。まさにSerendipity。
“Less is more.”(「少ない方が豊かである。」) Ludwig Mies van der Rohe(建築家)

2011年11月23日水曜日

「当たり前」のように見えて当たり前にできないこと -『スティーブ・ジョブズⅠ/Ⅱ』を読んで-

スティーブ・ジョブズの評伝(/)を読んだので、また性懲りもなく「ジョブズ」をタイトルに。。読み物としても、経営本としても、どちらの側面からも面白い内容でした。

しかし、ジョブズとうのは、エゴの塊でセルフィッシュで攻撃的で無神経で、でも天才で情熱的で目的に一直線で完ぺき主義で・・・。ここまで一方で恨みを買っていて、一方で愛されている人はいないのではないかと思いました。

さて、読み物としては、人それぞれ爽快感や高揚感や嫌悪感といったさまざまな読後感を持っていただければと思いますが、ここでは経営本・マーケティング本として、一つ気になった箇所をピックアップ。他にも色々気になる、示唆に富む箇所は多いんですが。


・アップルのマーケティング哲学
ジョブズのマーケティングの父、マイク・マークラ。マイク・マークラとはここにあるように、アップルの初期の頃(ちょうどアップルⅡを開発していた頃)、ジョブズが経営やマーケティングについて教えを得た人物のようです。

マークラがまとめた「アップルのマーケティング哲学」というペーパーには3つのポイントが書かれていたと言います。
1番目は<共感>だった。
「アップルは、他の企業よりも顧客のニーズを深く理解する」。顧客の想いに寄りそうのだ。

2番目は<フォーカス>。
「やると決めたことを上手に行うためには、重要度の低い物事はすべて切らなければならない」

3番目に挙げられた同じく重要な原理は、<印象>だった。わかりにくいかもしれないが、これは、会社や製品が発するさまざまな信号がその評価を形作ることを指している。
「人は、たしかに表紙で書籍を評価する。最高の製品、最高の品質、最高に便利なソフトウェアがあっても、それをいいかげんな形で提示すれば、いいかげんなものだと思われてしまう。プロフェッショナルかつクリエイティブな形で提示できれば、評価してほしいと思う特性を人々に印象付けることができる」


・「当たり前」のことか?
「共感、フォーカス、印象」

これ、あまり何も考えずに読むと、「当たり前」のことのように思えます。つまりこのようなステップだと理解すると確かに当たり前かもしれません。
「顧客ニーズを理解し、やることを選択し、より良く磨き上げる」

プロセスに落とし込むとこうなる感じでしょうか。
「市場調査を通じて汲み取るべきニーズを抽出し、開発すべき機能に優先順位をつけ選び、機能を作りこむ」

これは正しい理解なのでしょうか。


・「当たり前」とは真逆のアプローチ
上記のプロセスは、課題の対象や、置かれている状況・ステージによっては、必要なプロセスではありますが、本書の他の部分をよく読むと、それぞれアプローチが実は真逆だったりします。(特に革新的な新製品・サービスを対象としたアプローチではあるかと思います)

「共感」
ジョブズの中で、恐らく、共感=市場調査ではありません。下記は彼の有名な言葉です。
「「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。僕の考え方は違う。顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ。ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。「なにが欲しいかと顧客にたずねていたら、『足が速い馬』と言われたはずだ」って。欲しいモノを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからないんだ。だから僕は市場調査に頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを読み取るのが僕らの仕事なんだ。」
「アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うかい?」

一見、ジョブズのおごりのように見えなくもない発言ですが、「顧客のニーズを深く理解する」「顧客の想いに寄りそう」ということを、現時点で顧客の持つニーズ・想いを対象とするか、今は気付いてないんだけども潜在的に顧客の持つニーズ・想いを対象とするか、という違いなのではないかと思います。
潜在的なもの、未来的なものに焦点を当てた共感こそがジョブズの凄みだと理解しました。(何か汎用化できるといいのですが。。)

ちなみにですが、ソニー創業者の一人である盛田昭夫氏も似たようなことを言っています。やはり'what they "will" want'なのです。
"We don't ask consumers what they want. They don't know. Instead we apply our brain power to what they need, and will want and make sure we're there, ready."

「フォーカス」
ジョブズの意図するところは、単純に機能をロングリスト化したものに優先順位をつけ、リソースを鑑み順位が上のものから着手していくということではありません。
「フォーカスするということは、フォーカスするものに対しての「イエス」を表明すると同時に、フォーカスしないものへ「ノー」という決断を下すことなのです。」

彼は、アップルとしてフォーカスできることは、2つ(多くて3つ)といったようなことを、よく言っていたようです。iPhoneのシンプルさは芸術的ですし、事業の側面でも、1997年にアップルに戻った際に溢れかえった製品ラインナップを一気に絞ったと言います。

これは非常に勇気がいる作業です。「とは言ってもどれも重要で。。」的な世界を本当に白黒ばっさり選択・集中をできている企業を実体験として身近で見たことがありません。(ものの本ではキレイにケースとなっているんですが。。)

「印象」
本書では、製品・サービスのUIやデザイン、マテリアルもさることながら、梱包するパッケージやアップルストアの店頭デザインといったともすると外注の対象としがちなものまで、印象を大事にしたエピソードが多く書かれていました。
そこに共通するコンセプトは「シンプル」でしょう。ともすると印象をよくするために、足し算の発想であれもこれも足してしまい結果印象がぼやけてしまうということはありがちな罠ですが、ここでもジョブズは引き算の発想をベースにしていたようです。

アップルⅡのパンフレットには、レオナルド・ダ・ビンチのものとされる格言「洗練を突きつめると簡潔になる」が記されていたようです。

※シンプルという哲学(そしてその難しさ)については、ここにも以前書きましたので、ご参照ください。>『「シンプル・イズ・ザ・ベスト」と言うけれど -ジョブズ追悼号を読んで考えたこと- 』

アップルの取っているエンドツーエンドでソフトからハードまでクローズドに統合する戦略にも、この印象をコントロール可能にするための拘りを感じます。(対するマイクロソフトのWindowsやグーグルのAndroidはオープン戦略)


・「当たり前」に整理することすら間違いかもしれない
もっと言うと、前述(「顧客ニーズを理解し、やることを選択し、より良く磨き上げる」)のように線形なステップ論としてこの考え方を理解しようとすること自体が間違いなのかもしれません。
本書でも数多くのエピソードとともに記述されていましたが、ジョブズは開発中の製品・サービスについて頻繁に、皆で合意したものでも、完成まで間近な状況でも、「何か違う、変えなくてはいけない、こっちの方が良い」となったら夜中の2時に関係者にメールして、翌朝にはオフィスに乗り込みひっくり返したそうです。
きっと「共感、フォーカス、印象」が彼の中ではパラレルに走っていて、行ったり来たりをグルグルしているのでしょうね。(裏には、決めたことを着実に早くまさに死力を尽くして実現していくアップルメンバーの支えが必要不可欠だったのでしょうが)


うまくまだ全てを消化できていませんが、当然ながらジョブズの全てをコピーすることは無理なので、うまくエッセンスを自分の中に取り入れられればな、と思っている祝日の夜でした。。

2011年11月13日日曜日

医療においても課題解決先進国となれるか -『日本「再創造」』を読んで-

久しぶりに読書メモを。『日本「再創造」 ― 「プラチナ社会」実現に向けて』という本で、筆者は元東京大学総長で現三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏。前著の『「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ』は非常にビジョナリー且つ論理的・ファクトドリブンな議論ですごく腹に落ちた覚えがあります。

本書は前著の延長に位置づけられるような内容で、基本的に主張や提言の趣旨は変わらず、より具体的な取り組み例の紹介にページが割かれている印象です。

ざっくりと論旨だけ整理すると下記のような感じでしょうか。

  • 日本は新興国だけでなく先進国と比較しても、各国が今後直面するであろう課題に先んじて直面している国
  • 大きな課題は2つで、「高齢化」と「有限の地球(資源等の枯渇)」
    ※「有限の地球」とは、エネルギー、資源、温暖化、大気・海洋・土壌等の汚染、食料、水における地球環境資源が有限であることがもたらす問題
  • また国家や市民生活の成熟に伴い、自動車や家電といった人工物の普及は飽和し、需要が「普及型」から「創造型」にシフト
  • 現状は新興国の「普及型需要」を狙った企業戦略が主となっているが、これも頭打ちするのは時間の問題。並行して「創造型需要」を狙うのが妥当な戦略
  • 「高齢化」と「有限の地球」という課題に直面する中で、「創造型需要」はイノベーションの宝庫
  • 「有限の地球」という点においては、自動車、エアコン、給湯器、冷蔵庫、照明、太陽電池、蓄電池、燃料電池といった領域
  • 「高齢化」という点においては、安全な自動車、オンデマンド交通、ロボットスーツ、家事支援ロボット、自助介護支援型ハウス、目や歯の再生技術といった領域
  • ここでもう一つ課題があり、それが「爆発する知識」
  • 知識量・情報量が膨張し、且つ知識や専門領域が細分化する中で、知識を統合する「知の構造化」が必要
  • 上述の「創造型需要」を生み出していくためには、断片的で膨大な知識を統合する連携と情報技術が必要
  • 今後の方向性として、国内に「創造型需要」を作り出す「プラチナ社会構想」を提案
  • 各自治体で市民と産官学が連携し、地域ごとの快適な暮らしを実現しようとする社会作りの取り組みを開始
    ※「プラチナ社会」とは、エコで低炭素な社会を実現していく「グリーン・イノベーション」、すべての人たちが参加する活力ある高齢社会を実現していく「シルバー・イノベーション」、人が一生の間成長を続け、ITを効果的に活用する「ゴールデン・イノベーション」の3つを有機的に結びつけるイノベーションをイメージ

前著同様に、本書でも上記の論旨を支えるファクトが数字で示されており非常に納得感がある論理展開がされていました。前著よりも取り組み例が豊富ではあると思うのですが、取り組みといってもまだ緒についたレベルのものも多そうな印象で、正直前著を読んでいればsomething new はあまりないかもしれません。。もちろん、前著も含め読まれたことない方は一読をお勧めします。

ちなみに、個人的に興味分野である「医療」についても、自治体ベースの取り組みとして幾つか取り上げられていたので、下記に引用します。
たとえば、岩手県遠野市では、インターネットを利用することで医師不足に対応することに成功している。遠野市では産婦人科の医師を確保するのに苦労してきた。そしてついに一人もいなくなってしまった。もっとも近い釜石市の病院でも、通常の道路状況で四十分かかる。これでは誰も安心して子供を産めない。万策尽きた市では、情報技術を利用した新システムを考案した。各地の産婦人科医とインターネット経由で診察契約を結び、市で助産師を雇用したのだ。これによって、妊娠中も含め端末の向こうの医師の診察を受けて健診からお産までもが可能となったのだ。
遠野市で構築したシステムは、産婦人科問題に限らない。日本に医師不足に悩む地域は多い。過疎地域のほとんどがそうであるといっても過言ではない。おそらく、インターネットによる医師の診察、現場で対応する看護師、助産師、X線技術師、検査技師などコメディカルと呼ばれるさまざまな医療技術師の人々、現場で利用しやすい診断チップや薬剤、機器、緊急時に患者や医師を輸送する緊急用ヘリコプターといった要素からなる全体システムが有効だろう。

福井県では、今は個別に管理されている健康診断データとレセプト(医療費を計算するための診療報酬明細書。薬、処置、検査などが書いてある)のデータと介護のデータを一元化する取り組みを東京大学の高齢社会総合研究機構と共同で始めている。

これらの例は、まさに「知の構造化」が医療において非常に重要である、裏返すと現状医療に関する情報や知識は潜在・散在している、ということを表しているように思います。筆者も下記のように言っています。
知識の爆発と領域の細分化は医療においても生じているばかりか、もっとも顕著に問題化しているといってよい。
(中略)
医療は、個人の健康という全体像を対象にしたいのだが、知識は専門領域に細分化していく。検査が悪いのでも、医師が悪いのでもない。知識を構造化し、全体像を正しく取り出せる支援の仕組みが必要なのだ。

日本は果たして、医療における課題解決先進国となれるのでしょうか。世界に目を向ければ下記のような例があるようにダイナミックな知の統合が商業ベースで進められています(いわゆるビッグ・データの流れ)。
「IBM、世界中のデータを解析して医療改革を支援する新しいソフトウェアを発表」より抜粋
IBM Content and Predictive Analytics for Healthcareは、医療機関における大量の非構造化データを検索・分析するのを支援するソリューションとなっている。医療分野の非構造化データとは、医師のメモや初診票、退院時病歴要約、その他の資料などであり、その量は5年ごとに倍増しているという。コンピュータで生成したデータとは異なり、これらのデータは構造化されていないため、ビジネス・アナリティクスの活用は困難で、通常は放置されていた。

IBM Content and Predictive Analytics for Healthcareは、(中略)埋もれている医療情報を正確に抽出し、情報の関連性を把握することで高度な診断や治療に活用できるようになる。これにより、医療従事者やその他の専門知識を要する職業の人々および経営者が、解析した情報を活用するだけでなく、これを検索、調査、発掘、監視および報告するための手段を提供するとしている。

課題先進国≠課題解決先進国とならないようにしていかなくてはなりませんですね。

2011年11月1日火曜日

マーケティング・リサーチにおけるハイプ・サイクル -技術が広げる可能性-

ハイプ・サイクル(Hype Cycle)。それは、調査会社ガートナーが考案したモデルで、主にIT関連の新しい技術が登場した後の、業界の反応や新しい製品・サービスとして取り込まれていく動きを、時間経過によるサイクルとして類型化したものです。

大きく言うと、新しい技術が登場してからの動きとして、下記の5つのステージがあると言われます。
  • テクノロジの黎明期(Technology Trigger):画期的な新技術が発表され、潜在的な可能性に期待が集まるステージ
  • 過度な期待のピーク期(Peak of Inflated Expectations):(多くの失敗例の中で)一部の成功例がクローズアップされ、過剰な期待が起こるステージ
  • 幻滅期(Trough of Disillusionment):実際に利用してみると幻滅するステージ
  • 啓蒙活動期(Slope of Enlightenment):正しい利用方法が確立され、周知されると再度注目が集まりだすステージ
  • 生産性の安定期(Plateau of Productivity):安定的な利用をされるステージ

2011年版の先進テクノロジに関するハイプ・サイクルも発表されており、下記は概念図の抜粋です。
ガートナー プレス・リリース『「先進テクノロジのハイプ・サイクル:2011年」を発表 市場を変革する可能性のあるテクノロジの成熟度を分析』より抜粋






















新しい技術が次々と出てくるIT業界ならではかも知れませんが、数が多すぎて目視するのも厳しいレベルですね。同じ時期に複数の新しい技術が登場するとい うことは、常に業界の先端を行く機会が存在するということを表すとともに、それだけ定着前に消える技術も多いわけで、リスクも相応にあるということかと思 います。

最近よく話題に出てくるようなトレンドを見ていくと、「クラウド・コンピューティング」「NFC(Near Field Communication)ペイメント」「ソーシャル・アナリティクス」「グループ・バイイング」「ゲーミフィケーション」等は軒並み「過度な期待のピーク期」ですね。定義からしてそりゃそうですよね。。

また、「3Dバイオプリンティング」とか「モバイル・ロボット」なんていうよくわからないけど、なんか凄そうなものもあって、想像すると楽しいですね。


さて、ハイプ・サイクルをマーケティングという文脈で見るとどのような意味合いがあるのでしょうか。マーケティングのOne of themではありますが、マーケティング・リサーチにおけるハイプ・サイクルを記事にしているブログがありましたので、ご紹介します。

Hyping Research Methodologies

下記がそのハイプ・サイクルの図(上記ブログより引用)。



各ステージ毎に挙げられているトレンドは下記です。「幻滅期」から「生産性の安定期」にかけて挙げられている項目には、一部違和感がありますが、時系列に並べると、順番としてはこのような感じなのかとは思います。

※違和感というのは、感覚的には既に定着しメインストリーム化している「オンライン・サーベイ」が「幻滅期」にあったり、既に特定のセグメントをカバーするための補完的手段でしかないと思われる「電話・郵送サーベイ」が「生産性の安定期」にあったり、という点です。つまり、全体的にトレンドはもう少し右(先)に動いていて、且つハイプ・サイクルの右端から消える、あるいはカーブが再度下降するという状態がありうるのではないか、と思うわけです。
テクノロジの黎明期
・Research games
・Mobile research

過度な期待のピーク期
・Social media research
・Text analytics
・MROCs(Market research online communities)

幻滅期
・Sentiment analysis
・Online surveys

啓蒙活動期
・Online access panels

生産性の安定期
・Phone surveys and mail surveys
・Focus groups

マーケティング界隈で最近サービスのリリースとして活況があるのは、ちょうど「過度な期待のピーク期」にあたるアイテムですね。なんか毎週のように各社がリリースをしている感があります。

業界でその先を行こうとするのではあれば、「テクノロジの黎明期」にある「Research games」や「Mobile research」なんでしょうかね。マーケティングの本流では既に「過度な期待のピーク期」にあると思われるゲーミフィケーションを使ったリサーチ、ありそうです。位置情報の活用、購買やイベント参加直後の声といった即時性のある情報の活用、写真の活用などなど他にも色々できそうなモバイルを使ったリサーチ、これもありそうです。どちらも最後のステージに進むかわかりませんが。。

2011年10月29日土曜日

「シンプル・イズ・ザ・ベスト」と言うけれど -ジョブズ追悼号を読んで考えたこと-

色々なところで書き尽くされていて、今更感甚だしいことを自覚した上で、「ジョブズ」というキーワードをタイトルに入れてみました。私は80~90年代はジョブズという存在自体知らない子供時代を過ごしましたし、現在までに手にしたApple製品はiPodとiPhoneだけという筋金入りの「にわか」です。

ただそんな「にわか」から見ても、ジョブズの功績や人生・キャリアの流転、エピソード・発言の数々は惹きつけるものがあります。ということで、下記の追悼号を読んでみました。関西方面への新幹線の移動中に読んだのですが、いつも眠気が確実に襲ってくる横浜名古屋間でまったくまぶたが落ちてこないくらい、一気に読めました。

「CEOスティーブ・ジョブズ 追悼号」(MacPeople 12月号増刊号)
「追悼 スティーブ・ジョブズ」(Mac Fan 12月 臨時増刊号)

内容は「にわか」ではない人にはきっと「懐かしいな~」「そうそう、あの時のプレゼンで・・・」といった感想を持つだろうものでしたが、私のような「にわか」にはジョブズやAppleの哲学や考え方を学ぶ良い教材でした。その中でも、特に気になったのが「シンプルであること」への拘りです。

Appleには「Hot, Simple and Deep」という考え方があるようで、下記のようなものです。
自社製品が多機能であることをデザインで誇示しようとする他社に対して、アップルは見た目と最初の使い勝手をシンプルにしながらも、使い込むうちに奥の深さに気付くような作りを好む。それこそが、ジョブズの考える理想の製品デザインだからだ。(『Mac Fan』より)
それまで見たことのないような「Hot」なコンセプトやアイデアを持つことによって、消費者はその製品と出会った瞬間に興味を掻き立てられ、試してみたくなる。続いて、実際に製品に触れてみると、「Simple」でわかりやすく、すぐに使えるようになってしまう。そして、使い続けていくうちに、最初のうちは気付かなかった工夫や心遣いが「Deep」な部分に見えてきて、それが持つ魅力にはまっていく。(『Mac People』より)

まあ、「シンプルであること」の重要性はジョブズに言われなくても直感的に感じるし、消費者としてもシンプルに必要最小限の機能で良いということは思うところもあります。ただこれを実際のビジネスに落とし込むのは非常に難しいことであると、サービスの企画や開発を行う身としては常日頃感じます。Appleのデザイン戦略の責任者であるジョナサン・アイブも下記のように言っています。
シンプルにするという作業は、もっとも難しいことの一つである。

では、なぜ皆が「シンプル・イズ・ザ・ベスト」と口で言いながら実践が難しいのか。自分なりに幾つか考えてみましたのでメモしておきます。

・「消費者・顧客の声に耳を傾ける」ことへの万能感
確かに消費者や顧客の声に耳を傾けることは、新しい企画のアイデアのヒントを得たり検証をする際、あるいはリリース済みの製品・サービスについてのフィードバックを得る際、有用なインプットの一つであることは疑いのないところです。ただそれよりももっと重要なことは、そこで得た幾つもの声から意味合いを見出し、本当に取り込むべきものを絞り込むことです。声を聞くことはあくまでも手段なのですが、それが目的化しているケースがあるような気がします。

・フォーカスされていない顧客像
万人受けを狙うには、万人に使い勝手の良いものにし、機能のレベル(?)もリテラシーの一番低い層に合わせる必要があります。また、とにかく網羅的に機能を盛り込むことも必要になってきます。

・企画者自身の製品・サービスのコアや本質への理解不足
自分にも耳の痛いことですが。。上述のジョナサン・アイブは下記のように言っています。
見かけ上のスタイルとしてのミニマルさ、サインプルさがある一方で、真のシンプリシティというものが存在する。後者がとてもシンプルに見える理由は、本当の意味でのシンプルさが突き詰められているからだ。

また、かのアルバート・アインシュタインは下記のように言っていたそうです。
すべてのことは、これ以上単純化できないというところまで、可能な限りシンプルに作られるべきだ。
Everything should be made as simple as possible, but not simpler.
ものごとをシンプルに説明できないということは、十分に理解していないということだ。
If you can't explain it simply, you don't understand it well enough.

・「何をするか」思考によるNice to have(あったらいい)の罠
「何をするか」を考えるということは、確かに重要ではあり、その発散のプロセスがないとアイデアは何も生まれません。一方で、そればかりに固執すると、重み付けがされないアイデアの羅列になり、Nice to have(あったらいい)が捨てられないといった自体に陥りがちであるように思います。

ジョブズの「最も重要な決定は何をするかではなく何をしないかを決めることだ」という言葉はあまりにも有名です。
『Mac People』のジョブズ講演の記録にも下記のような言葉があります。
フォーカスするということは、フォーカスするものに対しての「イエス」を表明すると同時に、フォーカスしないものへ「ノー」という決断を下すことなのです。

Appleのマウスのシンプルさや、PCのポートの少なさは、この「何をしないか」が生み出したものの好例に思います。

ちなみに、Instagramの創業者も同じようなことを言っているようです。
「何をするか重要なのではなく、何をしないかが、製品を決める」:絶好調のInstagram、設立者に聞く成功の秘密(インタビュー)

・「多機能=高い価値」という刷り込み
これも「何をするか」思考に近い話かもしれませんが、供給者側にも消費者側にも「多機能=高付加価値」という認識がどこかにあるように思います。供給者側の「幕の内弁当的になんでも揃っているので、あとは使いたいように使ってください」といったスタイルと、消費者側の「よくわからないから、とりあえず色々できそうなやつ買っておこうか」といった思考が、ムダなのになぜか生きながらえる機能を生んでいたのではないでしょうか。PCのキーボードには一回も使ったことのないキーが幾つかありますし、ガラケー時代は電話とメールと路線検索以外ほぼ使いこなせていませんでした。

iPhoneもそうだと思いますが、らくらくフォンも上記の壁をやぶった実例ですね。

誤解を招いてはいけないのですが、ジョブズも機能を軽視しているわけではなくむしろ重視しています。ただそれをなんでもかんでも盛り込み全面に押し出すということは否定しているということなのだと思います。

・リスクを取らない意思決定
シンプルにするということは、機能を絞るということであり、それは「ハズす可能性」が高まるということでもあります。ハズすことを恐れて、「とりあえず入れとく」的企画・開発をしていないかということも一つのチェックポイントかと思います。これは思考スタイルに近いのかもしれません。


まとまりない感じになってしまいましたが、自身を振り返っても色々あるなと。。
ということで、予習は完了。スティーブ・ジョブズの評伝も買ってしまいましたです。

2011年10月23日日曜日

イノベーション:7つの落とし穴 -整理ではなく創造のためのイノベーション・フレームワーク-

「マーケターのメモ帳」と銘打ちながら、イノベーション関連のポストがやや多い気がしていますが、懲りずにまた。今日はフレームワークについて。

以前、i.schoolのイノベーション関連のセミナーに参加したことを書きましたが、その登壇者のお一人であるデザインコンサルティング会社Zibaの濱口秀司氏が提唱されている「フレームワークの効用」として下記のようなものがあります。
こちらより引用
「この数年、フレームワークという言葉がビジネスの現場で頻繁に使われます。しかし、ほとんどの場合、ロジカルな思考を追求するための、効率的に情報を整理するためのツールとして理解され、利用されているだけです。
じつは、フレームワークには別のめざましい効用があります。正確にはフレームワークを作る活動である<フレームワーキング>の効用です。それは、デザイン思考と密接な関係があり、イノベーティブなコンセプトを生み出すためのキー・プロセスになるものです。フレームワーキングの効用は、論理や整理だけでなく、創造とイノベーションにはたらくのです。

ちまたにはイノベーションに関するフレームワークは数多ありますが、セミナーでの氏の講演はそのキャラクターもあいまって、非常にアトラクティブでした。ので、きっと氏の考え方には何かヒントがあると思い、Google先生に聞いてみたところ、過去に『Structured Chaos: Balance the Science and Art of Innovation』(英語)という論文を書かれていたので、読んでみました。

まだ未消化ですが、よく体系化された内容でしたので、意訳を加えながら要約メモ・抜粋します。イノベーション創出において陥りがちな「7つの落とし穴」という切り口で原文は構成されています。(以下、やや長文です)

■「Build the right thing」こそイノベーション
多くの企業(特にテクノロジーベースの企業)は、活動の力点を品質管理やリソース管理、スケジュール最適化等の「Build something right」に置きがち。テクノロジーやHowの部分だけでなく、マーケットやビジネスの目的とするところにも目を向けた「Build the right thing」が求められており、これこそがイノベーションのプロセスであると言います。

■7つの落とし穴
「Build the right thing」を実現するイノベーションには、適切な創造とインサイトが必要と言います。ここで、氏は、企業がイノベーションに取り組む際に陥りがちな「7つの落とし穴」があると言います。
1. Technology Tunnel-Vision,
2. Misunderstanding Uncertainty,
3. Strategic Driver Shortcuts,
4. Scope-less Innovation,
5. Ineffective Brainstorming,
6. Missing the Model, and
7. Go with the Flow.

日本語で(内容も踏まえて意訳して)言い換えると下記でしょうか。
1. Technology Tunnel-Vision:テクノロジーだけにフォーカスした視野の狭さ
2. Misunderstanding Uncertainty:不確かさについての理解不足
3. Strategic Driver Shortcuts:ドライバーの見極めをすっ飛ばした議論
4. Scope-less Innovation:目指す姿のないイノベーション
5. Ineffective Brainstorming:効果のないブレスト
6. Missing the Model:ブレストを支えるモデルの欠如
7. Go with the Flow:易きに流れる思考

■落とし穴にはまらないための7つの方法

では、どのようにして、落とし穴を回避するのでしょうか。裏返すとこれがイノベーション創出のプロセスであるとも言えます。
※なお、”>>”で書いた日本語のお題目は私の勝手なタグ付けです

1. Technology Tunnel-Vision>>視点を広げる
イノベーションの機会をテクノロジーの視点のみから探るのではなく、「顧客」や「ビジネス」の視点からも探る必要があると言います。詳しくは書きませんが、VCR市場におけるVHSとBetaの競争(Betaは技術的に優れていたが・・)についてのケースが引用されていました。


下記の図は縦軸にイノベーションエリア(技術、顧客、ビジネス)の多様性、横軸にイノベーションインパクトの強さを取った図ですが、左上の象限に、よりイノベーションの機会があり、そこに目を向けるべきという主張です。(現状は左下が多い)
 

これを言い換えると、イノベーションを起こす対象業務を広げるということでもあります。テクノロジードリブンのイノベーションはとかく製品イノベーション が主になることが多いですが、「service innovation」「value distribution innovation」「brand innovation」「customer experience innovation」といったところも非常に重要ということです。

2. Misunderstanding Uncertainty>>不確かさは避けるのではなくマネジする
イ ンパクトの大きなイノベーションを目指すにあたって、イノベーションの機会の大きさは不確かさの大きさに比例すると言います。人は自然に不確かさ(リス ク)を「避ける」ことが不確かさをマネジすることであると考えがちですが、インパクトの大きなイノベーションを実現するには、不確かさに対する正確な理解 とハンドリングを行うことこそがマネジすることであると言います。

その時に重要になるのが、「不確かさのレベル」。目指すイノベーションにおける不確かさのレベルはどこに位置するのか、見極めることが重要です。


不確かさのレベルは大きく4つに分けることができ、特にレベル2(Scenario),3(Direction)にイノベーションの機会があるようです。

・Level #1  Trend
競合や市場計数のトレンドがどの方向に向かうかを見極めることができれば、イノベーションの方向性も予想できるレベル。不確かさは最も小さい。

・Level #2  Scenario
方向性がシナリオ分岐しており、どの枝を選ぶかによってその帰結や必要となるアプローチが異なるため、慎重な選択と優先順位付けが必要になる。不確かさは少し大きくなる。

・Level #3  Direction
360度可能性のある中で、方向性を自ら付けなくてはならないため、その選択と個別のシナリオ定義が非常に難しく、その定量的なモデリングも難しいレベル。不確かさは非常に大きい。

・Level #4  Prophecy
予言レベル。不確かさマックスのため、無視するのが懸命。

3. Strategic Driver Shortcuts>>イノベーションのドライバーを見極める

複数あるイノベーションの候補の 中で、どれにイノベーションの機会を見出すのか。「2. Misunderstanding Uncertainty」で取り上げた不確かさのレベルに加え、「ビジネスへのインパクト」も加味し、イノベーションのドライバーのありかを見出すことが 重要であると言います。


下記のステップで、イノベーションの機会(不確かさの因子)をマッピングします。

Step #1: Identify the Key Uncertainties:
テクノロジー、顧客、ビジネスのエリアから、MECEに(漏れなくダブりなく)因子を20~30個洗い出す

Step #2: Chart the Uncertainties:
縦軸にビジネスへのインパクト(EVAやNPVを活用)、横軸に不確かさのレベルを取り、上記因子をマッピングする

Step #3: Identify the Strategic Drivers:
結果として、下記図のような各象限に機会(不確かさ)がマッピングされ、その中でも、右上の象限(不確かさ大×インパクト大)にマッピングされるのが大きなイノベーションの機会「Strategic Drivers」。


 4. Scope-less Innovation>>イノベーションのタイプ分けをする
目指すべきイノベーションの機会 「Strategic Drivers」が見つかれば、あとはどのようなイノベーションを創出するべきなのかブレストを行う。その際、イノベーションのアプローチに関するタイプ 分けをしておくことが議論の焦点を絞ることにつながり生産的だということです。語呂良くタイプABCDです。


ABCDのタイプ分けは下記。AからDになるに連れて、不確かさが増し予測性が落ちる場合により有効であるとされるタイプのようです。

A: Adaptation:条件やニーズの変化にアプローチを適合させる型

B: Breaking-up:オプションを幾つか用意し、リソースを適切にアロケーションさせる型

C: Creation:全く新しい海図を自ら描き、漸進する型

D: Dilution:不確かさを希釈化あるいは無効にする型

5. Ineffective Brainstorming>>効果の上がるブレストをする
さて、イノベーションのアイデアを創出するブレストを行う土壌は整いました。次に必要となるのは効果的なブレストをやる方法です。

一 般的には、議論は構造的であればあるほどクリエイティブではなく、発散的になればなるほどクリエイティブであると言われることが多いですが、氏のスタディ によると、下図にあるように、あるポイントまでは発散することがクリエイティビティを高めますが、構造的な議論と混沌とした議論のちょうど中間に、最も高 いクリエイティビティが生まれるということです。
このポイントを氏は「Structured Chaos」であると言っています。


 より実践的なところで、どちらかのモードに偏りがち、あるいは効果があまり上がらない場合には、この両極を行ったり来たりする、あるいは求めるクリエイ ティビティの基準をそこまで高くせずにこの「Structured Chaos」の状態を作り出すということを提示しています。

また、ブレストへの参加人数は主体的な参加姿勢を持つ7~10人がちょうどよく、過剰に操作しないことが望ましいとのことです。

6. Missing the Model>>「Structured Chaos」を維持する
氏は、上記の「Structured Chaos」を維持するには、「いかり」と「磁石」の役割を果たす「モデル」が必要であると言います。

こ こで言う「モデル」とは下図の「論理的に示す」「ビジュアルで示す」「シンプルに示す」の交点にある状態を指し、議論は常にこの3つのポイントを踏まえて 示されることが重要であるということのようです。言い換えると、これが新しいコンセプトやアイデアを検証する際に使うことのできる評価ツール(どれか一つ でも表現できない角度があるとNG)でもあるということです。


7. Go with the Flow>>困難なプロセスに備える
最後に、考え方の面から見た落とし穴です。人はどうしても、使い慣れた、取り組み易い、見方ややり方で物事を進めがちです。しかし、イノベーションとはこれとは全く逆のものであるという認識を持つべきだと言います。
・Innovative ideas are concepts that we have not seen before.
・Innovative ideas do not seem do-able in a short term.
・Innovative ideas create controversy, both for and against the idea.

見たことのないもの、短い期間では成しえないもの、軋轢を生むもの、それがイノベーションであるということです。これはプロセス全体に共通して必要なマインドセットと言えるように思います。

■結論として
氏の主張は、冒頭に述べた「Build something right」から「Build the right thing」への転換が、よくその内容を表していると思います。そして、パラダイムの転換にはアプローチの転換を伴うということが非常によくわかります。蛇足ですが、かのアインシュタインも「同じことを繰り返しながら、違う結果を望むこと、それを狂気という」という風に言っていますね。。

また、普段イノベーションだ新サービス企画だと言っている中で、いかに自身がならではの確固たるアプローチ・方法論を持ち合わせていないかがよくわかりました。冒頭に紹介した氏の「整理ではなく創造に働くフレームワーク」というところに学び、自身の仕事でも考えてみなければと思いました。。

■最後に
Structured Chaosを実現するには、"This approach requires us to engage a mature and experienced manager. He/she sets our goals, monitors the meeting tone carefully, and responds quickly to influences that pull toward chaotic or structured."なのだそうです。イノベーションをリードするような人材の育成がどうなされるのかも、一つのポイントになってきそうです。そこまで体系化してくれ、というのは要求が過ぎるとは思いますが。。

2011年10月16日日曜日

ビッグ・データのもたらす変化 -マッキンゼーの論文より-

最近、色んなところで「ビッグ・データ」という言葉は使われていて、このブログでもそのもたらすインパクトや変化について取り上げたことがあります。

マーケティングリサーチ:12の新しい潮流 -『WHAT’S NEXT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA RESEARCH?』-
ビッグ・データの可能性 -『科学の「第4のパラダイム」』(HBR11月号)より-

この「ビッグ・データ」というのは2011年に入ってからマッキンゼーが言い出した言葉のようなのですが、一度はその原典にあたっておかないといけないだろうということで、マッキンゼーから出ている「ビッグ・データ」に関する論文を少し読んでみました。
(少々というのはまとめブログとサマリをザッとレベル。英語な上にボリュームが相当なもので。。)

紹介ブログ:Big data:The next frontier for innovation,competition,and productivity
論文サマリ(PDF)
論文全文(PDF)


■ビッグ・データのもたらす定量的なインパクト
まず、論文に紹介されていたビッグ・データのもたらす定量的なインパクトの具体的事例を(日本語化して)抜粋。
・たった600ドルで世界中の音楽すべてを格納できるドライブを購入できる
50億台もの携帯電話が使われていた(2010年)
300億ものコンテンツが毎月Facebook上では共有されている
・たった5%のIT費用の増加で、年間40%増のペースでデータが作り出されている
235テラバイトのデータがアメリカ議会図書館には納められている(2011年春)
・米国の17業種中15の業種で1社あたりのデータ量がアメリカ議会図書館を超えている
・ビッグ・データの活用によって、米国のヘルスケアでは年間3000億ドルの価値創出が期待される(スペインの年間ヘルスケアコストの2倍)
・ビッグ・データの活用によって、EUの公共セクターでは年間2500億ユーロの価値創出が期待される(ギリシアのGDPを超える)
・個人の位置情報データを活用することで年間6000億ドルの消費者価値創出が期待される
・ビッグ・データの活用によって、小売の営業利益に60%の改善が見込める
・ビッグ・データを活用するために、米国だけで、14万人~19万人以上の分析人材の不足が予想され、150万人のマネジャーが必要とされる

こう見ると確かに大きなインパクトや変化がもたらされるということが分かります。


■ビッグ・データのもたらす変化や課題
折角なので、論文の章立てと概要のみをザッと抜き出しておきます。

1. Data have swept into every industry and business function and are now an important factor of production
ビッグ・データは業種や業務機能のワクを超えて、あまねく領域において労働力や資本とともに生産活動における重要なファクターになっているということです。2009年の時点で、米国において1000人以上の従業員を抱える企業1社あたりの保有データ量は少なくとも平均200テラバイトを超えるそうです。(ちなみにウォルマートはこの2倍だそう)

2. Big data creates value in several ways
大きく5つの方向性でビッグ・データの効用がありうると書かれています。

・Creating transparency
データの透明性が高まり、アクセスがよくなるため、仮にセクションが別れていてもそれぞれのデータを統合し、早く高頻度に最終的な価値創造につなげることができる

・Enabling experimentation to discover needs, expose variability, and improve performance
在庫情報から病欠情報までありとあらゆるデータがほぼリアルタイムで手に入るので、成果につなげるための計画的な実験を繰り返し行うことができる

・Segmenting populations to customize actions
カスタマーのより細かいセグメンテーションが可能になるため、ニーズに沿ったカスタマイゼーションが容易になる

・Replacing/supporting human decision making with automated algorithms
より洗練された分析、自動化されたアルゴリズムによって、人の意思決定の質向上をサポートすることができる

・Innovating new business models, products, and services
新しい製品・サービス、ビジネスモデルを創出するために活用することができる

3. The use of big data will become a key basis of competition and growth for individual firms
ビッグ・データを活用するということは、競争や成長の重要なファクターになってきており、リーディングカンパニーとして他社に水をあけるためには必須のこととなってきているようです。既存の競合企業も新規参入企業もこぞってデータドリブンの戦略立案を深いレベルでリアルタイムに行ってくるだろうということです。

4. The use of big data will underpin new waves of productivity growth and consumer surplus
生産性向上や消費者への利益還元を生み出す新しい波になるのではないかということです。冒頭にも数字を紹介しましたが、実際に、ビッグ・データの活用は、小売に営業利益の60%増をもたらし、個人の位置情報データは消費者に6000億ドルの経済価値をもたらすと言われているそうです。

5. While the use of big data will matter across sectors, some sectors are set for greater gains
業種を問わずビッグ・データの影響はあるが、特に幾つかの業種ではそのインパクトが大きいのだということです。ここでは特に、コンピューター・電機産業、情報産業、金融・保険産業、行政が挙げられています。

6. There will be a shortage of talent necessary for organizations to take advantage of big data
冒頭に数字を紹介した通り、ビッグ・データの活用を企業で行っていくにあたっての人材不足がいずれ起こってくるということです。

7. Several issues will have to be addressed to capture the full potential of big data
ビッグ・データの活用を進めるにあたって、幾つかの問題が生じると書かれています。

一つは、データポリシーの問題。いわゆる、プライバシー、セキュリティ、知財、信頼性の問題です。
二つ目は、技術的な問題。物理的な容量の問題から処理技術の問題、あるいは方法論的な問題等がありそうです。
三つ目は、組織や人材の変化の問題。往々にしてトップの新しいことへの理解レベルは低いもので、その中でいかに組織や人材を変えていくかが問題であると言います。
さらに、データへのアクセスの問題。複数の情報ソースからデータを集め統合する必要が出てきますが、その中で第三者から情報を得る等の連携が必要になってくるとし、どのようにステークホルダーを束ね情報共有を促進させるかが重要だといいます。
最後に、業界構造の問題。特に、競争がない公共領域や、成果での評価があまり進んでいないヘルスケアの領域など、データを使った価値の創出に対するバリアがありそうな業界があるということです。


■雑感
データを解析したからと言って、それだけでマネジメントもイノベーションも自動的に行えるわけではないですが、少なくとも論文に記載のあるような”a few data-oriented managers”にはならないようにしないといけないですね。人材不足ということも言われていますので、逆にこの領域へのスペシャリティがキャリア的にはレバレッジになってくる可能性はありますね。

また、この論文ではビッグ・データの可能性の大きさやそのありどころについて多面的に述べられているのですが、実際に実務に落とすためには、どのような目的で、どのようなデータを収集し、どのような切り口で解析するのか、その企業ならではのコンセプトや方法論が求められると思います。この独自性や切り口の新しさが、ビッグ・データが企業の競争力の源泉となるかどうかの鍵を握りそうです。「難しいですよね。であればお手伝いしますよ。」というのがマッキンゼーの狙いでしょうかね。。

もう一点、企業の最低限のデータリテラシーは必要であると思いますが、一方で、各社そこに力を入れてくる以上、それだけでは差別化できないということも言えるのではないかと思います。データとは別の次元で自社なりの差別化要因、方法論がますます求められるということも言えるのではないでしょうか。

2011年10月13日木曜日

ビッグ・データの可能性 -『科学の「第4のパラダイム」』(HBR11月号)より-

以前、マーケティングリサーチの新しい潮流について扱った記事を紹介するエントリーを書きましたが、その中で言及されている変化の中で一番大きいと言われていたのが「ビッグ・データ」です。以前の繰り返しになりますが、ビッグ・データとは、クレジットカード利用情報、POSデータ、会員カード情報、Webのアクセス情報等、実生活やweb上にあるあらゆる大規模な情報を総称する文字通り「大きなデータ」のこと。

これ、マーケティングやテックスタートアップだけに関係する話ではなく、よりアカデミックな、あるいは社会的な意味でも重要な潮流のようです。確かに考えてみれば公的な所にこそ未活用の貴重なデータがごろごろありそう。

最新のハーバード・ビジネス・レビュー11月号にもこのビッグ・データの時代到来に言及した、『科学の「第4のパラダイム」』という論文が掲載されていました。

この論文の中で、ビッグ・データを扱う手法は、「データ集約型科学(data-intensive science)」と呼ばれ、これまでの科学的探究のアプローチとは異なるものであると書かれています。論文の中で、これまでの科学的探究のパラダイムの遷移は下記のように記載されています。
1.実験
古代ギリシャと中国で始まる。観察された結果を、超自然原因ではなく自然原因によって説明しようとした。

2.理論
17世紀になると、アイザック・ニュートンをはじめとする科学者たちが、新たな現象の予測を試み、実験によって仮説を検証しようとした。

3.計算とシミュレーション
20世紀後半に高性能コンピュータが登場すると、連立方程式の数値的な解を大規模かつ緻密に計算することが可能になった。その結果、科学者たちは気候モデリングや銀河の形成など、実験や理論では足を踏み入れることのできない領域を探求できるようになった。

4.データ・マイニング
科学者たちは、より強力なコンピュータを利用することにより、データを出発点として莫大なデータベースから関係性をマイニングするようプログラムに命令する。つまり、コンピュータがデータを調査することによって規則を発見する。

この「4.データ・マイニング」が、データ集約型科学であり、ビッグ・データを取り扱う方法であるということです。既存の枠組みや規則性の中でデータを分析したりシミュレーションをしたりするこれまでの方法論に加えて、これまで蓄積されてきた山ほどのデータが折角あるのだから、それを全て取り込んで逆に規則性を発見・創造してしまおうという取り組みです。

このビッグ・データを用いたデータ・マイニングの事例はあらゆる分野で進められているようです。下記は上記論文に記載のあった一例。

・患者が再入院する可能性を予測するシステム
患者の病歴や診断結果、生活状況といったデータを蓄積し規則性を解析。新規患者のデータプロファイルを入力すれば患者の再入院の可能性の確認や改善プログラムを設計が可能に。

・Googleの「インフル・トレンド」インフルエンザ関連のインターネット検索の集計データを追跡し、一定の地域でインフルエンザがどの程度流行しているのかを推定するプログラム。パンデミック(複数の国や地域にわたる流行)の早期発見や予測につなげる。

・Googleの「アース・エンジン」
人工衛星による画像や分析を利用して、気候変動の主な原因の一つとなっている森林破壊を追跡。

他にも、ゲノム分析によるオーダーメイド医療の開発もその類でしょう。

こういったところの分析技術が商用として使えるようになれば、また新たな機会が生まれてきそうな気がしますね。自社製品やサービスについての購買情報やユーザー情報の分析は当然のことながら、目の付け所によってはこれまで活用できていなかった情報が掘り起こされたり、情報の集め方や切り口が整備されていなかったが故に見逃されていた領域が出てきそうな気もします。

最後に「ビッグ・データ」に関する論文をご紹介して終わります。どうも「ビッグ・データ」というのは2011年に入ってからマッキンゼーが言い出した言葉のようなのですが、そのマッキンゼーから出ている論文です。ボリュームがハンパなく、相当な気合がいるため、まだ読めてはおりません。。

紹介ブログ:Big data:The next frontier for innovation,competition,and productivity
論文サマリ(PDF)
論文全文(PDF)

2011年10月10日月曜日

(追補)オープン・イノベーションの進化 -オープン・イノベーション・マーケットプレースについて-

先日のエントリーで、製薬業界におけるオープン・イノベーションの進化について書き、各企業が自主的に行っているシーズや技術の公募制度をご紹介しました。(下記がその例)

アステラス製薬(株)>>a3(エーキューブ)
塩野義製薬(株)>>FINDS(シオノギ創薬イノベーションコンペ)
第一三共(株)>>TaNeDS(タネデス)


その時には拾いきれていなかったのですが、自前型の公募制度だけでなく、制度自体もオープンにした「オープン・イノベーション・マーケットプレース」なるものがあるということが、今月のハーバード・ビジネス・レビュー(2011年11月号)『「超分業」の時代』にて紹介されていました。

いわゆるイノベーションの仲介業的位置づけの事業者が増えており、イノベーションを外部に求める企業と課題解決を行う技術やシーズを持つ科学者・エンジニア・学生をマッチングするモデルのようです。
(記事では、企業のタスクの超分業化が進んでおり、イノベーションもその例外ではないといったニュアンスでの紹介でした)

上記の論文中には下記のようなケースが。
製薬会社のロシュは、自動化学分析器に通す臨床検体(人体から得られた被検査物)の量と質を測定する方法を探していた。そこで2008年、イノセンティブでコンテストを開催し、2ヵ月後に世界中の解決者から113件の提案書を受け取った。ロシュ・ダイアグノスティックスの技術管理担当ディレクター、トッド・ペディリオンは、そのなかにロシュが15年かけても辿り着けなかった画期的なソリューションに出くわして仰天した。

ちなみに、このイノセンティブは2001年に設立された世界初の「オープン・イノベーション・マーケットプレース」だそうです。こちらがそのサイトのお題リストです。かなり多くの募集があるようですね。

中には「がん細胞内で機能する分子ネットワークをモデル化する」といったお題もあり、なんと報酬は10万ドル(まあ当たり前の対価なのかもしれませんが)です!
NASAも幾つかアイデアや技術を募集していて、「シンプルな微小重力におけるランドリーシステム」なんて面白い募集もしています。

よくよく見ると、世の中でイノベーションが求められていることが俯瞰的に把握できるかも。。

ソーシャルメディアなんとかの定義 -『What is social media monitoring’s role in the Market Research mix?』より-

そこまでそっち方面に詳しい人が多くない私のまわりでも、最近TwitterやFacebook(特にFacebook)の利用者が増えてきています。2011年8月時点の情報では、Facebookの利用者数は1083万人(日本)、Twitterは1496万人(日本)と言われており、その絶対数と言い普及の速度と言い、一つの生活基盤になりつつあるように思います。

その普及に伴って、ソーシャルメディアを活用したビジネスも当然ながら活況であり、巷にはソーシャルメディア○○というサービスが溢れて(氾濫して)います。と言いながら、私自身もいまいちソーシャルメディア○○の定義というものをうまく整理できていなかったのですが、先日目にしたブログ記事に、いわゆるマーケティングリサーチ方面のソーシャルメディア○○について、わかりやすい整理がされていたのでご紹介します。

詳しくは元記事("What is social media monitoring’s role in the Market Research mix?"(英語))を参照していただくとして、下記にはポイントのみを。

■ソーシャルメディア○○のネーミング色々
まずは、ソーシャルメディア○○のネーミングについて。あるところではソーシャルメディア「リサーチ」が話題になり、あるところではソーシャルメディア「モニタリング」が話題になります。

下記が元記事で紹介されているネーミングの定義です。(定義部分は”超”意訳です)
※本記事は特に「マーケティングリサーチ」まわりについての言及。いわゆるプロモーション系は包含されていません
※なお、筆者は、ソーシャルメディアリサーチの用途・目的の一つである、ディスカッションの創造、あるいは個人レベルでのエスノグラフィー的なリサーチ、といったところは今回の定義から外したと言っていますので、「マーケティングリサーチ」の全てを包含しているわけでもありません

・Social Media Listening
聞き手が前のめりに聞きだすのではなく、パッシブに聞き手が聞くべき発言(キーワードやトピック等)の出現を待つタイプの手法

・Social Media Research
「Listening」に対して、こちらはプロアクティブに、解が必要な質問に対する答えを導けるようにソーシャルメディアの参加者に働きかける手法

・Social Media Monitoring
一定期間、一貫した測定基準で指標を追う手法(例:自社ブランドに関するRTやメンション数)

・Buzz Monitoring
「Social Media Monitoring」に近く、特に、ホットなトピックやトレンドワードを拾う手法

・Blog Mining
その名の通り、ブログ記事にされた内容をマイニングしトレンドを拾う手法(”時代遅れ”という記述あり)

・Social Media Analysis
ソーシャルメディアそのものの働きや効果(メッセージの拡散度、ROI等)を測る手法

こう改めて書いてみると、それぞれの定義や違いを正確に使い分けずに漠然と用語を濫用していることに気付きます。(私だけですかね。。)


■ソーシャルメディア○○の目的
Social media listening/monitoring/researchと色々とネーミングとその役割はあるわけですが、ソーシャルメディア○○の用途や目的はどういったところにあるのでしょうか。筆者は下記のようなものを挙げています。

・Early warning post
危険サインの早期発見として。ブランドや組織が把握しておくべき重要な事項(特に危険なサイン)をいち早く発見する。

・Fast Fact Checking
素早い事実の確認に。世の中で起きていることをファクトとして押さえる(Wikipediaの拡張版との記載)。今日のニュースは?トレンドは?

・Apply Word of Mouth (WoM) Metrics
口コミの測定として。口コミを通して、ブランドの浸透度、キャンペーンの成果、お店やサービスの満足度等を背景とともに知る。口コミってWord of Mouth (WoM)って言うんだ。。

・Predictive Research
予測ツールとして。選挙結果、株式市場の動向、チケットの売上予測といったところのインプットとして活用する。ROIが重要視されるにつれて、その成果を測る事前予測が求められている。

・Market mapping, and segmentation studies
いわゆるマーケットリサーチの簡易版として。ある特定の市場や製品領域では、自然に起こった会話でリサーチが可能。いつ・誰が・何について・どう思ったのかがわかる。簡単ではないが実績は作られつつある。

・Stage One Research
マーケットリサーチの最初の一歩(仮説作り?)として。定量/定性リサーチのスコープを決めるために、ブランドはどんなコンテキストで語られているのか、どんな言葉で表現されているのか、典型的なユーザーはどんなタイプかをざっくり掴む。

・Ideation
アイデアを積み上げる手段として。マーケティングリサーチでいうところのフリーアンサー的なものか。

・Reactive Research
リアクティブなリサーチとして。ある決まったイベント(例:あるサービスに対するクレーム等)が起こった場合に、事前に用意しておいた質問リストから、その発言者により多くの情報・コメントを求める。

こうやって整理すると、色々な活用方法があることがわかります。


■他には?(Any More?)
元記事は、"Any More?""Well these are my eight types of social media listening/monitoring/mining research. Do you have others you’d like to add?"という記述で締められています。

個人的には、この記事取り上げられているのは、リサーチする側とソーシャルメディア参加者との単線的なやり取りをメインにまとめられている印象があり、「ソーシャル」というからには、より「人のつながり」を活用した方法論や目的があってもいいのかと思いました。誰が口コミのハブになっているのか、どういう経路で情報が伝播し同意・反論がどのようなクラスタになっているのか、商品やブランド特性に応じた伝播の仕方に違いはあるのか(誰かをハブにするのか、面でバーっと広がるのか)、等々。

日本でもWebマーケティング会社、リサーチ会社、広告代理店等から色々な手法が提案されていますが、どのような目的や方法論に収斂されていくのでしょうかね。まだ「これ」といったところがないという点、そして肝心の「効果」「成果」がまだあまりはっきりしていないという点から、面白い領域だと思います。

2011年10月9日日曜日

イノベーションは誰の仕事か -ヘルスケアに求められている変化を例に-

「イノベーションのジレンマ」という言葉がありますが、既存のフィールドや成熟した業界で、顧客を持ち、実績を作り、社会的責任を伴う事業運営をしている組織体には、イノベーションを追求することには矛盾が伴います。

先日参加した勉強会(?)で登壇された方が、今ヘルスケアの業界では下記のような変化が求められているということを仰っていました。いずれも左側に書いている内容が今後より求められていくであろうとのことでした。
(説明は私の勝手なざっくりとした補足)

Innovative drug vs Me-too drug
Me-too drugとは効能や作用機序等が従来の製品と大きく変わらない製品のこと。市場規模(患者数)が大きい疾患ではこれであっても事業的にはうまみがあります。

First in class vs Best in class
First in classとは、ある疾患において新しい効能や作用機序を持つ製品を真っ先に出すこと。Best in classとは、「初」ではないが、First in classとは少し異なるポイント・軸で一番の製品を出すこと(これまで問題だった副作用が少ない等)

Value based medicine vs Evidence based medicine
Evidence based medicineというのは、蜜月な営業(MR)にお願いされたからとか、単に○○先生が使っているからではなく、しっかりとした試験等のエビデンスを根拠にした治療・処方をすることであり、非常に非常に重要なこと。今医療の世界ではEvidence based medicineは当たり前になりつつある。これからは、その技術や製品が医療の現場に持ち込まれ、結果としてどのような治療の成果が生まれたのかというところを証明できる製品が求められるということです。

Outcome vs Process
これも上に少し似ているかも知れませんが、どのような治療をしたのかではなく、結果としてどのような成果があったのか、ということで医療技術や医薬品、果ては医師は評価されるべきという考え方。

Personalized vs Public oriented
人間は一人ひとり異なるDNAや体質、生活習慣、価値観を持ち、求める医療の成果やプロセスも異なります。Personalizedとは、そんな一人ひとりに最適化した医療を提供すべきという考え方です。


上記で左側に書いたものが、今後求められてくるイノベーションや変化。
一方で、これらには、下記のような問題にあり、いわゆる既存企業の目的やプロセスに矛盾する面があるのではないかと思います。
  • リターンの保証されない中で、金が莫大にかかる
  • リスクが大きい(誰が担うのか、責任をとるのか)
  • 短期的な投資対効果(利益最大化、コスト最小化)が低い
  • より成果や患者をベースにしたプロセスが求められるため、バリューチェーンが長く分業がセオリーの大企業には難しい
  • 究極の目的が、その疾患において「患者がなくなること」になってくる
  • 未知の領域におけるイノベーションの成功要因は後付けでしか見出せない。属人的ではない仕掛けやシステムがあって成り立つわけではない  等々

以前のエントリーでは、企業のオープンイノベーションが進んでいるとかオープンイノベーションとは言っても企業に手が出せない領域がありそうといったことを書きました。今回の話を聞いて、既存の構造の中での小規模なイノベーションであればそのような手法でも解決できるのかもしれませんが、構造自体を大きく変えるようなイノベーションはもしかしたらオープンイノベーションでも難しいのかも知れないと思ったり。。

上記の勉強会には、上野隆司先生という研究者兼起業家が登壇されたのですが、1万のシーズから1つしか新薬にならないと言われるくらい低確率な新薬研究のフィールドで、この方は、既に1人で2つの新薬を世に上市されており(世界で4~5人くらいらしい)、更にこれからもう1つ2つ上市することを目指されています。元々アカデミアの出身で、自身で創出したシーズをベースに起業し上市までこぎつけたという「新薬発明家」です。(私は存じ上げなかったのですが)

こんなことを言うのは、身も蓋もないのかもしれませんが、このような異才の研究者が、もっと円滑にアカデミアからベンチャービジネスとしてシーズを世に送り出せるような土壌を作る必要があるのかもしれません(この方も途中から米国に拠点を移されています)。属人的ではありますが、「属人的なイノベーションを生み出す非属人的な仕組み」が求められているのではないかと感じます。

2011年10月7日金曜日

目的を優先すべきか、手段は選ぶべきか -幹細胞を活用した再生医療実用化の現状から-

先日、ノーベル医学生理学賞が発表され、受賞の最有力候補と地元メディアでの事前報道もあった、iPS細胞研究の京都大学山中教授は受賞を逃しました。

ノーベル医学生理学賞にホフマン氏ら3人 山中教授は受賞せず

このiPS細胞(人工多能性幹細胞)を活用した再生医療や創薬は、これからが実用化に向けた臨床研究の段階という報道がされています。

「iPS臨床、10年で」=山中教授が講演―京都

日本ではiPS細胞が非常に盛り上がっていますが、この再生医療への実用化という意味では、世界的にはES細胞(胚性幹細胞)を活用した研究や試験の方が以前から行われており進んでいると言われているそうです。一方で、その名の通り「人工」であるiPS細胞に比べて、ES細胞の樹立には、受精卵ないし受精卵より発生が進んだ胚盤胞までの段階の初期胚が必要となるため、生命の萌芽を滅失してしまうために倫理的に問題があるのではないか、といった議論を呼んでいます。

※その詳細な違いには触れません(と言うか知識的に触れられません)が、両者の説明をWikipediaより引用のみしておきます
iPS細胞(人工多能性幹細胞)
ES細胞(胚性幹細胞)

このような違いはあれ、双方ともにその研究の「目的」は、より良い治療方法の確立や画期的な創薬によって、医療のアウトカムを変えることにあるのだと思います。この時に、「目的」というのはどれほど優先されるべきなのでしょうか(言い換えると、手段はどれほど選ばないといけないのでしょうか)

倫理も絡む領域で非常に難しく、私にも答えはないのですが、米国と日本のES細胞を活用した再生医療に対する考え方や実績の違いを見てみたいと思います。

■目的に向けて爆走する米国

米国では、2010年10月に、世界で初のES細胞を活用した再生医療の臨床試験が開始されました。主体はジェロンという米国のバイオベンチャーです。翌月2010年11月には、立て続けに、同じく米国のバイオベンチャーのアドバンスド・セル・テクノロジーによる眼病に対する網膜細胞再生医療の臨床試験が開始されています。

ES細胞、初の臨床試験開始 米で脊髄損傷の患者に
ES細胞臨床試験2例目

また、米国外でも臨床試験の準備が着々と進められています。これもアドバンスト・セル・テクノロジーによる英国での試験です。さらに、昨年の段階でこのような報道もあり、次は韓国ではないかというようなことも言われているようです。

「ES細胞の臨床試験、英も認可…米に次ぎ2国」
韓国でもES細胞ヒト臨床試験へ

理化学研究所で網膜再生医療研究をされている高橋政代先生(@masayomasayo)も次のようにつぶやいていらっしゃいます。ACTというのはアドバンスト・セル・テクノロジーのことです。
ACTは韓国にライセンス売ってるので、ESの網膜治療、次は韓国だろう。治験のしやすさが日本と格段に違う。@Macky5277 韓国政府が67億円を幹細胞研究に投資「幹細胞強国に」=韓国 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0921&f=national_0921_044.shtml via @searchinanews

当然ながら日本以外の各国でもES細胞の是非に関する議論は行われていると思いますが、よりプラクティカルに、どちらかと言うと目的が優先されているのではないかと推察できます。

また、『ヒトiPS細胞研究はどこまで来たか 八代嘉美』によると、研究としての進捗(と言うか活性度)も米国と日本では徐々に開きが出てきているようです。
2006年当時、公的に登録されていたアメリカのES細胞の株数は65株、日本では3株であったのに対し、2011年にはアメリカは89、日本は5とその差を引き離されている。

また、論文数でも米国が大きく日本をリードしている現状があるようです。下記は『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』からの抜粋です。
2006年に学術誌がまとめたヒトES細胞の研究動向調査では、その時点の日本発の研究論文は、通算5本で世界の1%程度でしかなかった。(中略)アメリカは125本、イスラエル42本、イギリス30本と続き、韓国(27本)や中国(18本)といったアジアの国々にも及ばなかった。


■水をあけられる日本
目的に向けて爆走する米国に、水を開けられているのが日本です。ランダムですが、そこには幾つかの問題点がありそうです。

①事業化基盤の問題
日本では、アカデミアのシーズが事業化につながりにくい問題がありそうです。上で引用させていただいた理化学研究所高橋政代先生のつぶやきに下記のようなものがあります。
研究者の私がマーケットなんて言う理由は、ESから網膜色素上皮細胞ができてこういう治療に使えますよと初めて示し、何百回と講演しお願いしても日本の企業は動かず、結局米のACTが世界を抑えようとしている。結局自分で動かなくちゃだめなんだと分かったのでベンチャーを作った。←今ここ

これは以前のエントリーでも触れたことですが、シーズの実用化の方向性や有用性を示すことができているのに、企業が動いてくれないので自ら事業化を進めるということのようです。企業が動かないことが問題なのか、アカデミアなりR&Dベンチャーが自ら事業化を進めにくいことが問題なのか、両方あるかとは思うのですが。。

②手段の一極集中の問題
報道も資金も制度も、iPS細胞研究の方に偏りすぎているという状況があるようです。

以下、京都大学の細胞-物質統合拠点(iCeMS)でイノベーションマネジメントを研究されている仙石慎太郎先生(@ssengoku)のつぶやきです。どうも、技術としての有効性や効用よりも、新規性等からくる「名」や「話題性」に偏る傾向があるのではないかということだと思います。
(承前)「世界はESだが日本はiPS細胞に集中」といったおめでたい意見が多いが、いずれもヒト多能性幹細胞で大同小異。イノベーションの推進力は技術機会の多様性市場の占有可能性。ES細胞という最有力の技術機会を早々に放棄し、かつ臨床研究開発市場で劣位となった国に勝ち目は無い。
(承前)日本の為すべきは「世界で始めてヒトiPS細胞で患者を治療」するという「名」の追求と割り切るのも一策だが、画期的技術の経常利益化=イノベーションという「実」を実質上放棄することへの説明と国民的理解が必要。こと先端医療イノベーション分野で、決して米英をなめてはいけない。

③制度の問題(後手の対応)
何度も引用をしてしつこいのですが、高橋先生のつぶやきです。倫理等が絡んだ場合の日本の制度面での遅れ(一度こうと決まると状況が変われどなかなか変わらない)が挙げられています。
治療に名の追及なんかいらない。世界最良だけ。ESを使ってはいけないとか、アイバンク提供眼も使ってはいけないとか、日本の研究者はいろんな妨害にもめげず世界最良を目指しています。最終的に効果があり普及タイプになるのはどの治療かという戦い。であることは再生医療開発者はわかっている。
米で成体神経幹細胞での脊髄損傷治療、英でES由来網膜色素上皮細胞でのスターガルト病治療開始のニュース。日本にも技術はあるけど、制度がありません。ES細胞を臨床に使えないし、網膜の成体幹細胞移植治療も欧米では計画中ですが日本は提供眼を角膜移植以外に使ってはいけないという法律がある。

上述の『ヒトiPS細胞研究はどこまで来たか 八代嘉美』にも、このような記載があります。
わが国では2001年の「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」 を制定する際の議論などをはじめ、政府の過剰な関与が日本国内の幹細胞研究を遅らせているとの指摘があった。


他にもあるのかもしれませんが、ES細胞を活用した再生医療の進展の差にはこのような要因が背景にあるようです。そこには目的と手段に対する大きな考え方の違いがありそうです。

本エントリーのタイトルとした「目的を優先すべきか、手段は選ぶべきか」に対する答えは、「目的を優先すべき、その目的に応じて手段は選ぶべき」なのだろうと思います。今の再生医療の現状をざっと眺めてみると、(あくまでも素人の戯言ですが)目的と手段に分断が起こっているように感じます。

2011年9月28日水曜日

オープン・イノベーションの進んでいる領域とそうでない領域 -アカデミアの視点から-

以前、製薬業界におけるオープン・イノベーションが始まっていることに関するエントリーを書きました。提携型と公募型の2つのスタイルが模索されているようでした。

オープン・イノベーションの進化 -P&Gや製薬業界を例に-

本日(2011年9月28日)の日刊薬業で、これに関連するような日本製薬工業協会手代木会長の発言が取り上げられていました。

手代木会長は、日本や欧州では製薬企業が70%以上のシーズを発見している一方、米国では半数以上がベンチャーやアカデミアの研究から開発されていると説明。日本でのトランスレーショナルリサーチの現状については「『入り口戦略』が非常に大きく問われている。基礎から臨床への橋をどうやって架けていくかが喫緊の課題」との認識を示した上で、今後の新薬開発にはアカデミアやベンチャーと製薬企業が連携する重要性を強調した。

「製薬企業が70%以上のシーズを発見している」ということは、創薬力という意味でポジティブに捉える見方もあるでしょうが、全体のシーズ数(母数)が落ち込んでいる、あるいはもっと母数を増やす必要があるのであればネガティブに捉える見方もあるかと思います。(恐らく後者だと思いますが)
日本では米国に比べて「オープン・イノベーション」というものが、まだ黎明期であるということが窺えます。

ただ、日本でも30%のシーズはアカデミアやベンチャーから出ているわけです。では、この30%全てが製薬企業の「オープン・イノベーション」的なアカデミアと企業とのコラボレーションに繋がっているのでしょうか。


少し話は飛びますが、先日TwitterのTLを見ていたら、理化学研究所で網膜再生医療研究をされている高橋政代先生(@masayomasayo)のつぶやきに、この話に関連する話題が出ていました。

研究者の私がマーケットなんて言う理由は、ESから網膜色素上皮細胞ができてこういう治療に使えますよと初めて示し、何百回と講演しお願いしても日本の企業は動かず、結局米のACTが世界を抑えようとしている。結局自分で動かなくちゃだめなんだと分かったのでベンチャーを作った。←今ここ

作った動機はACTよりよい治療(コストも含めて)を作れると思うから、世界で1番なんて唱えて(応用研究なのに)いつまでも税金を使いたくないから、そしてラボは次のシーズ(視細胞移植etc.etc)にシフトしたいから、再生医療産業なんて唱えても事業化しないと無理だから。

ACTというのは米国のアドバンスト・セル・テクノロジー社のことで、ES細胞の領域で実用化に向けて米国や英国で次々と臨床を始めているリーディング企業です。要は、シーズの実用化の方向性も、その有用性も示すことができているのに、(恐らく製薬?)企業が動いてくれない(なので自ら事業化を進める)ということのようです。

このように、企業がオープンイノベーションを唱えて舵切っているように見える一方で、研究サイドからは企業が動かないという声が聞かれています。N=1ですが、前述の30%の中にも、企業が拾っているものと、そうでないもの(アカデミアが自らベンチャー等で事業化しているもの)がありそうだということが読み取れます。

企業が動く場合とそうでない場合、このギャップは何だろうと思うわけです。意思決定のスピードに欠ける大組織ならではの問題か、リスク回避の姿勢か、それとも口ではオープンと言いながらNIH(not invevted here)症候群なのか。。

仮説としては、「領域の成熟度(習熟度)」という点はあるのかなとは思います。上記の例もES細胞を活用した再生医療という新しい(これからの)分野ということで、リスクは高く、検討に時間はかかるし、なじみがないため自分たちはあまり首を突っ込めない(口を挟めない)。一方で、領域が成熟(自分たちが習熟)しているのであれば、ある程度スピーディーに自分たちがコントロールできる範囲で進められるというわけです。

そういった意味で、アカデミアのシーズアウトから事業化に成功した中で、大企業と組んで成功している事例(いわゆるオープン・イノベーション)と、研究サイドが自ら資金調達しベンチャーを立ち上げて成功した事例と、どちらが多いのだろうかというのは気になります(知財ファンドみたいのが絡む例もあるでしょうが)。

別にどちらが良い悪いということではないので、その2つの方向性があってしかるべきだろうと思います。ただ、この2つでは成功要因が全く異なる気がするので、アカデミアとしては早期の方針見極めが肝要なのでしょうね。

2011年9月26日月曜日

「ビジネス」がタブーとされる世界 -芸術における起業を例に-

「事業」という言葉。辞書を引くと、「生産・営利などの一定の目的を持って継続的に、組織・会社・商店などを経営する仕事」とあります。「ビジネス」とも言い換えられるでしょうか。現代において、ものごとの成果を上げるために必要な要素であると思います。

しかし、世の中にはこの「ビジネス」の進入を頑なに拒む領域(というか一部の人・組織)があります。「XXにビジネスはそぐわない」「XXにお金の話を持ち込むなんてけしからん」といった類のものです。

このXXに当てはまる一つの代表例が「芸術」です。この芸術の領域に「ビジネス」を取り入れ成功された人として、村上隆氏には以前から興味がありました。芸術そのものにはなんの造詣も(もしかしたら興味もほとんど)ないのですが、「XXにビジネスはそぐわない」という通説をどのように突き崩せるのか、という事例に興味があり、氏の『芸術起業論』を読みました。

氏の作品や功績あまりにも有名で私が紹介するまでもないわけですが、素人目にも(日本ではどうかという点はありますが)世界で認められ成功を収められた芸術家の数少ない一人なのではないかと思います。成功の尺度の一つとして、「ビジネス」的に成功したというものがあることは間違いなく、もしかすると従来の「芸術」とは異なるのかもしれません。
一方で、同じ「ビジネス」を取り入れたということから、各方面からその手法や考え方に対する批判が集まる人でもあります。ここでは具体的に紹介しませんが、賞賛・批判ともにググればすぐに色々と出てきます。

この両面からの評価が表すように、氏のやってきたことは立場の違いによって、破壊とも捉えられますし、革新とも捉えられます。いずれも「ビジネス」が共通項です。

本書では、そんな氏の、現実主義者、分析家、セールスマン、ストラテジストといった側面が見てとれます。
氏が芸術の世界で取り入れた視点や考え方は、芸術と同様に「ビジネス」の進入を拒む領域において、エッセンスとして非常に重要なものであると思います。個人的な解釈ですが、下記にそのポイントをまとめます。
(抜粋ではなく解釈を入れた要約であることにご注意ください)

1.競争のルールを理解する
競争の存在が前提ですが、誰がルールセッターなのか、どのようなルールなのかを見極め、その中で競争を行い最高の芸を見せること。「自由に作りなさい」からは無責任な作品しか生まれず、美術の本場に「ルールの違う戦い」を挑むことになる。

2.業界構造を知る
業界における現状のお金の流れをまずは全面肯定して内部に入り込み、当事者になる。懐に入り込み敵の弱点を探す。

3.市場の目による批評を受ける
本当の批評は創造を促す。客観的に作品を判断する批評こそが、価値観の違いを乗り越えて理解してもらうために必要なこと。

4.顧客(ニーズ)ありき
芸術は社会と接触すること、鑑賞者がいることで、はじめて成立する(自己満足ではない)。クライアントのニーズを汲み取り、相談や調査をもとに作品を進化させることは創造性を妨げないし、クライアントの要望に応えるためには分業制もとる。

5.顧客の価値観の多様性を受け入れる
西洋社会と日本社会では金持ちの桁が違い、価値観も当然ながら違うという現実を受け入れる。本来ならばわかりあえない人たちとどのように深く濃く交流していくかを考える。

6.ポジショニングを明確にする
自分自身のアイデンティティを発見し、欧米美術史および自国の美術史の中でどのあたりの芸術が自分の作品と相対化させられるのかをプレゼンテーションする。欧米の美術の世界特有のルールの中で自身の立ち位置を見出す。

7.価値は物語とプレゼンテーションで高める
現代美術の評価の基準はルールの中での「概念の創造」。それだけに、言葉を重視し、金銭をかけるに足る物語がなければ作品は売れず、売れなければ西洋の美術の世界では評価されない。ゆえに文章には最大限気を配るし、原稿の翻訳をしてもらう人も慎重に選ぶ。。

8.コミュニケーションを最大化する
自分の作品が理解される窓口を増やすために、自分や作品が見られる頻度を増やすことを心がける。媒体に出る、人にさらす機会を増やす、大勢の人から査定をしてもらう。

9.ブランディングする
個人史、人生をブランド化する。ゴッホにしてもピカソにしてもウォーホールにしても彼らを説明する文脈であるサブタイトルが重要。作品に価値を乗せる。お客さんが消費するには、幹だけでなく枝葉が必要。

10.手段は目的に従う
芸術の核心は「芸術をやる目的」にあり、これがなければどんな技術も役立たない。日本の美術教育はこの目的の設定がすっぽりと抜けており、「(教授が着目した)主観的な歴史を学ぶこと」と「航海がはじまった時に必要な技術を学ぶこと」に終始している。

11.マネジメントをする
クリエイティブを促すためにアメとムチをを使った人のマネジメント。集団で作り上げる工程のマネジメント。新しいものや正しいものを作るためには実験と失敗の仮説検証のマネジメント。わがまま放題のお客さんマネジメント。全てにマネジメントが必要。

12.お金で時間を買う
芸術制作には資金が必要。金銭があれば、制作する時間の短縮を買える。芸術家も一般社会を知るべき。

13.リスクをとる
チャンスがある時に、作りたいものを自分の判断と責任で作れるようにする。経済的なバックアップが止められたら作れなくなるという状況を回避する。

14.強みをレバレッジする
日本の頼るべき資産は技術で、欧米の頼るべき資産はアイデア。日本は技術がある(教育でデッサンに執着するため、総じて絵が上手い)ので低価格でいいものができる基盤がある。これをうまく運用すべき。

15.人の知恵をレバレッジする
芸術家一人で作るしかけには限界があるため、大勢の人間の知恵や助言を集める。


改めて書きますが、これらには賛否両論があるところで、当然ながら「ビジネス」を取り入れた負の側面というものもあるとは思います。ただ、ネガティブチェックだけをしているのではなく、それをやらないことによる「機会コスト」も十分に考えるべきであるように思います。

同じように「ビジネス」の進入を頑なに拒み、上記の考え方や視点がすっぽり抜けている人や組織が存在する業界というのはあるように思います。私は上記で挙げたポイントを一つずつある業界のある機関に当てはめて読み進めましたが、うーん。。

そのような業界や組織では、現行のやり方の中で、解決すべき多くの課題や市場としてのポテンシャルに対して、人材や資金や技術をフルに活用できているのでしょうか。できていないとすると、どうすればいいのでしょうか。

芸術の世界において、村上隆氏は欧米で認められた後に日本で認められる「逆輸入」という形で一つ風穴を開けました。同様に閉鎖的な業界においても、結果の説得性という観点では、欧米での(他人の)先進事例を単に持ち込むのではなく、日本人・企業が事例を海外(もしかしたら後進国でもいいかもしれません)で作りそれを持ち込むということが一つの可能性なのかも知れません。

2011年9月24日土曜日

患者向けヘルスケアサービスの難しさ -患者に対価や参加を求めることのハードル-

先日(と言ってもだいぶ前)、Google Helthがサービス停止となり話題になりました。(リリース記事

ICT(※)を活用したヘルスケアサービスに限定した話になるかもしれませんが、日本における患者向けのヘルスケアサービスについても、大きく成功しているサービス・企業はあまりないように思いますし、幾つかのサービスについて知人に現状を(断片的に)聞くと、その運営の難しさを感じます。

※ICT:Information and Communication Technology(情報通信技術)の略であり、今日の医療系サービスのほとんどがこのICTになんらか関係していると思われ、製薬会社の新薬開発過程から病院での検査・治療システムまで多くの分野に活用されています。(ICT参考解説

そもそも、ヘルスケアICTの市場はどのような実態なのか、KDDI総研の「米国医療ICT動向と期待のベンチャー(PDF)」によると下記のような規模感のようです。残念ながら日本の市場規模は明記されていないのですが、グローバルでは市場は成長していることが窺えます。(一方で米国のシェアが上がるということは日本のシェアは不変もしくは減少というニュアンスも窺えます)

世界の医療ICT(Healthcare IT)市場は2008年で110億ドル、2015年には240億ドル(年成長率11%)と推計されている。そのうち、最大の市場が米国である。上記の世界市場のうち、2008年では米国が37%を占めるが、2015年には48%までシェアが上昇すると見られている。

また、この領域が「これから」の市場であると考えますと、ベンチャーが担う部分が大きい市場かとは思うのですが、同資料によるとベンチャーへの投資の見通しは下記のような状況です。市場関係者からの期待感も大きいようです。

Dow Jones VentureSourceによると、医療ICT分野へのVC投資額は、2009年の3億8800万ドルから2010年には4億6000万ドルと19%増加している。また、National Venture Capital Association (NVCA) と Dow Jones VentureSourceによるベンチャーキャピタリストへのアンケートでは、回答者の77%が、2011年に医療ICTへの投資を増やす計画と回答している。

では、医療ICTと言っても、一体どのようなビジネスが多いのか。これを見る限り、冒頭に提起した患者向けサービスはなかなか立ち上がらない・根付かない現状が窺えます。

医療費高騰を抑えるための根本的な対策は「予防医療の充実」および「健康的なライフスタイルの奨励」ということが諸方で叫ばれており、モバイル機器を利用して在宅ヘルスケアができるのでは、と期待する向きも多い。しかし実際には、「病院・開業医」と接点がない予防医療は保険の対象にならず、また予防医療は面倒で、消費者が自己負担してまでやろうとはなかなか思わないものだ。
(中略)
このため、ベンチャーや新技術の活躍が見られるのは、現在のところ、下記のようなニッチ分野となる。
  1. 病院向けの周辺機器・ソフト(タブレット、病院構内用通信機器、移動情報ターミナルなど)
  2. 医師向け意思決定サポートや、開業医向けなどの比較的小さいシステム(クラウド型電子カルテ、オンライン・アポイントメント管理システム、スマートフォン向け医療情報データベースなど)
  3. 手術後在宅ケアのためのシステム(スマート錠剤システム、遠隔心臓モニターなど)
  4. その他の在宅ヘルスケア、介護者サポート、医療情報サービスなど

また、別の出典によると、下記のような状況のようです。
出典元>>HealthTech FAIL: Lessons For Entrepreneurs From Health Startups Gone Awry:Tech Crunch

「2011年に資金調達したヘルスケアテックのうち、B2Bが51%、B2Cが29%、B2Drが20%。77%のベンチャーキャピタルが2011年にヘルスケアテックへの投資は増えると予想しており、既に35社が200万ドル以上を調達。ただしその80%はB2Bの企業。」

こちらもB2Cつまり患者向けの難しさを見て取ることができます。
この記事には「なぜ患者向けサービスがうまくいかないのか」というところも幾つか記載されていますが、個人的には、「患者にお金を払ってもらうこと」と「患者に色々と情報を入力してもらうこと」が特に難しいポイントではないかと思っています。「対価や役務の見返りとして患者にとってどのような嬉しいリターンがあるのか」という、モデル作りがまだ弱いということなのではないかと思います。

「患者にお金を払ってもらうこと」は言い換えるとユーザー課金であり、これは患者向けサービスならずとも、消費者向けサービスの中でも難しいポイントの一つです。広告モデルが氾濫している中で、例えばソーシャルゲームのようにうまい課金(言い方悪いですかね。。)のあり方がありうるのか、大きなチャレンジだと思います。

一方で、「患者に色々と情報を入力してもらうこと」は、患者に適切なサービスや情報を提供するという意味でも、あるいは患者を知りたい・リーチしたい事業者にデータを提供し収益化する(これができれば患者から対価をもらわなくてもよいモデルが可能)という意味でも、患者向けサービスの一つの重要なコンポーネントになってくるのではないかと思います。Facebookやアマゾン、食べログなんかはこれをうまくやっているのだと思うのですが、継続的にやってもらうインセンティブ付けが難しい部分かと思います。

これまた別の記事になりますが、冒頭に触れたGoogle Helthの失敗の原因について考察した記事(「RIP Google Health」)にも、患者に情報の入力をお願いすることの難しさが記載されていますので引用しておきます。

Few consumers are interested in a digital filing cabinet for their records. What they are interested in is what that data can do for them. Can it help them better manage their health and/or the health of a loved one? Will it help them make appointments? Will it saved them money on their health insurance bill, their next doctor visit? Can it help them automatically get a prescription refill? These are the basics that the vast majority of consumers want addressed first and Google Health was unable to deliver on any of these.


患者向けサービスは難しく、まだ規模としても大きくない。これは裏を返せば満たされないニーズや課題は多くあり、市場としては大きな機会でもあることを意味しているように思います。
何が患者向けに提供できるのかを明確に打ち出すことができ、適切な収益源を見極め、サービスコンテンツの構築そのものに患者の参加を促すモデルを構築できたものが、この領域の勝者になるのでしょうね。今後注目していきたい、絡んでいきたい領域です。

2011年9月21日水曜日

オープン・イノベーションの進化 -P&Gや製薬業界を例に-

先日TwitterのTLを眺めていたら、「動き始めた創薬のオープン・イノベーション」というNatureの記事が紹介されていました。

莫大な開発費と時間と労力のために、新薬が出にくくなっている製薬業界では、社外に創薬シーズ(創薬の種)や技術を求め、リスクを低減しながら効率的に創薬を行う“オープン・イノベーション”が脚光を浴びている。

ということで、製薬業界における幾つかの事例やその背景、特徴といったことが紹介されており、興味深く読みました。

一昔前からよく「オープン・イノベーション」という言葉はよく耳にするようになりました。改めてその定義について、この記事の中に記述があります。

“オープン・イノベーション”は、当時、ハーバード・ビジネス・スクールの助教授だったHenry Chesbroughが、著書『Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology (HBS Press, 2003)』で提唱した新しいビジネス戦略だ。従来の“クローズド・イノベーション”では、自分の会社1社だけで、アイデアを創出し、材料を調達して、研究開発し、その後商品化して市場に出し、上がった利益でまた新製品や新技術を開発するといったサイクルを回す、“自前主義”だった。これに対し、“オープン・イノベーション”は、ほかの組織の優秀な人材と協働し、外部の研究開発を利用する。

定義はそういうことではあるのですが、「オープン・イノベーション」で有名なP&Gの「コネクト・アンド・デベロップ」、その専用サイトに記載されている言葉がよりリアルにその内容を表しています。

  • 革新的な製品、技術、ビジネスモデル、手法、商標、容器・包材などをお持ちではありませんか?
  • 弊社の既存製品・ブランドに対するビジネスの機会をお持ちではないですか?

要は、イノベーションに必要なほぼ全ての要素について、ほぼ全てのバリューチェーンにおいて、社外とのオープンなコラボレーションの中でイノベーションを生み出していこうということです。技術やモノだけではなく、マーケティング手法や市場調査方法、ビジネスモデルまでその対象とするのが、進んだ「オープン・イノベーション」の姿のようです。全てのステークホルダー(利害関係者)とあらゆる形でオープンなコラボレーションをしていくこと、と言い換えられるかもしれません。

それにしても、前からあったのかもしれませんが、専用のサイトがあることが驚きです。脱線ついでに少しP&Gについて見てみると、さらに驚きなのが、このページです。

P&Gのニーズを見る・一覧

ここでは、P&Gが社外に知恵を求めているニーズの一覧が掲載されており、例えば下記のようなもの(一例)が列挙されています。P&Gが何をやろうとしているのか、めちゃくちゃわかります(というかトイレタリーの未来がここにあるのかも)。
  • 発展途上国と対象とした、製品需要の初期予測モデルを探しております。
  • ゲームによる消費者動向(購買意欲など)の予測に興味を持っています。
  • すぐにでも製品化可能な抗菌技術を探しています。バクテリア、カビ、ウィルスなどに対して有効であり、特に結核菌に対する有効性が求められます。
  • 商品棚から2m離れた状態で見た目上のインパクトをパッケージに与える新規な加飾技術を探しています。 等々

一昔前までは、このようなものは企業や製品の戦略に関わるものであり、今後の狙いや方向性が他社にわかってしまうということで、クローズドにされる傾向があったように思います。このニーズの開示も当初からやっていたのかわかりませんが、非常に先進的であるように感じました。

さらに、このサイトでは会員登録すれば「提案を行う」こともできるようです。P&Gでは、このような「オープン・イノベーション」を通じて2015年までに年間30億ドルの売上を目指すということです。



話を冒頭のNatureの記事に戻すと、ここでも幾つかの事例が紹介されていて、これまで消費財の世界よりも比較的クローズドだったと思われる製薬業界においても、「オープン・イノベーション」の手法が根付き始めている様子が見て取れます。ただし、創薬シーズの調達という限定された中でのコラボレーションではあります。

記事では、提携型と公募型の2パターンがあるという風に紹介されていますが、記事に「大学や公的研究機関の研究室のヒエラルキーを飛び越えて、若手研究者に直接コンタクトできる」とあるように、公募型に個人的には製薬業界ならではのユニークさを感じます。

※ちなみに記事で紹介されている主な各社公募システムは下記

開発期間は10 ~ 20年間、必要な投資は1 製品当たり500億~1000億円、その成功(上市される)確率は数千・数万に一つとも言われるリスクの一極集中が非常に危険な製薬業界で、これまでこのような手法があまり定着しなかったことがむしろ不思議ではあります。
製薬業界ではこれまで外部からのパイプライン・シーズの取り込みの手法としては、M&Aが主流だったように思いますが、よりバリューチェーンの上流に遡ってシーズ・知恵・リソースの争奪戦が行われているということの現われなのかもしれません。今後の展開が非常に楽しみです。

2011年9月19日月曜日

理想のサービス企画 -頓知ドット 井口CEOのつぶやきに考える-

新規サービスを企画・実行するには、どのような課題を解決することに意味があるのか悩んだり、アイデアの捻り出しにきゅうきゅうとしたり、営業方法に試行錯誤したり、持続的にサービスを発展させるためにマネタイズの方法を考えたり、色々と考えなくてはいけないことが多いです。ただその原点(起点?)になるのは「どのようなサービスを生み出したいか」というサービスの理想形だと思っています。理想形の定義に何か決まった一つの型があるわけではなく、サービスを開発する人・組織、解決すべき課題、あるいは対象とする業界によって幾つもの定義があるのだと思います。

先日Twitterを眺めていたら、AR(Augmented Reality: 拡張現実)アプリ「セカイカメラ」で有名な頓知ドット井口CEOが、サービスの理想形についてつぶやかれていました。

分かり易く、使い易く、意味や価値があり、日々利用出来て、現在の技術ベースで大仰な準備や営業は不要で、自分達らしく、楽しく、世の中の為にもなり、将来性や収益性も高い新規サービスが最高だよね!
※Tweetを埋め込む方法がわからないのでリンクを(なんてアナログ。。)


これ、自分の思うところに非常に近いサービスの理想形です。
人の発言を勝手に整理するのもどうかと思いますが、大きく2つのことを言われようとされているのだと理解しました。

・「三方よし」であること
言わずと知れた近江商人の「三方よし」。「売り手良し、買い手良し、世間良し」ですね。

つぶやきを強引に分解すると、「売り手」:自分達らしく・楽しく・将来性や収益性も高い、「買い手」:意味や価値がある・日々利用出来る、「世間」:世の中の為になる、という風に整理できるかと思います。

これは当たり前と言えば当たり前ではあるのですが、サービスを世に出すということのベースは、「誰かが抱えている問題を解決するあるいは欲求を満たす。自分たちだからこそやれること、やりたいことをやり、それが続けられるように一定の儲けを得る。そのビジネスサイクルが社会全体を良くすることにつながっている。」ということにあるのではないかと思います。

・「シンプル」であること
「三方よし」にうまく整理しきれない、少し異質なキーワードが、「分かり易く、使い易く」「現在の技術ベースで大仰な準備や営業は不要」という2つのキーワードです。これは視点が利用者と提供者で違ってはいますが、言わんとしていることは「シンプルであること」に集約されるのではないかと思います。

直感的には「シンプルであることが良さそうだ」ということは言えると思うのですが、ではなぜシンプルであることがいいのかということを考えると、意外と「なんとなくその方が良さそうだから」というレベルであることが多かったりするのではないかと。もはや誰が最初に言い出したのかわからないくらいですが、色んな人の名言として「やることを決めるよりも、やらないことを決めることが重要」と聞くし、とか。

私が考える「シンプルであること」が重要な理由の一つは、シンプルにすることで「価格に対する相対的な価値が向上する」ということです。

誰しも、「この機能いらない。これなくていいからもう少し安くならないのかな」という経験があるのではないかと思います。利用者が求めていない機能にも開発や営業のコストがかかっているわけで、それは大なり小なり価格として転嫁されているはずです。コンセプトや機能をシンプルにすれば、それだけプロセスもシンプルにできる(コスト≒価格がおさえられる)はずです。

また、シンプルにすることで、価値についても、機能が多くあるよりもむしろ向上する可能性があります。折角のコア機能がその他の雑多な機能によって使い辛くなったり分かりにくくなったりすることがあるかと思いますが、それはコア機能の価値も下げていると言えます。また、価値が下がるというのはまだましで、機能があれもこれもと多いことで、結局何をしたいがためのサービスかがわからず使われることすらなくなることもあります。これに至っては、価値はゼロです。

つまり、シンプルであるということは、「価値が100%消費され、その消費された価値と真に対等な対価が支払われる」という、価値と対価の本来あるべき姿に立ち返ることでもあるわけです。

あ、あと個人的にはあまり汗だくになりながら泥臭く営業することを好まないところがあり、説明不要なシンプルなものであれば何もしなくても売れるはず(もちろんそのための仕掛けは必要)ということもあります。格好良く言うならば、ドラッカーの下記の言葉ですね(苦しい説明。。)。
マーケティングの目的は、販売を不要にすることである


以上のように、「三方よし」と「シンプル」を実現するということは私の中でサービスの理想です。これ、このように言葉として定義するのは簡単でも、いざサービスとして落とし込むとすると結構(というか、かなり)難しいポイントです。考え抜くしかないんですよね。



※おまけ
ちなみに頓知ドット井口CEOは凄くユニークな経営者兼技術者で、たまにすごく本質的なつぶやきをされるので、勉強になります。最近だとこのプレゼンすごく出回りましたね。何度見てもパンチあります。



※全文起こしはこちらから

2011年9月16日金曜日

マーケティングリサーチ:12の新しい潮流 -『WHAT’S NEXT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA RESEARCH?』-

何で知ったか忘れたのですが、豪州のMarket & Social Research Societyで開かれたカンファレンスでの『WHAT’S NEXT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA RESEARCH?』という演題のスピーチ内容が興味深かったのでご紹介します。スピーカーはRay Poynterという人で、『The Handbook of Online and Social Media Research: Tools and Techniques for Market Researchers』という書籍の著者のようです。(すいません、知りません。。)

スピーチ資料の原文はこちら(英語・PDF)


・マーケティングリサーチ:12の新しい潮流
オフラインからオンラインへマーケティングリサーチの舞台が移ってきたことは周知の通りではありますが、このスピーチでは、そのオンラインのリサーチにも大きく早く変化が訪れていると述べられています。
下記が、その中で挙げられている新しい潮流あるいは手法です。

  1. Social media listening
  2. Text analytics
  3. Netnography
  4. MROCs
  5. Community panels
  6. The gamification of research
  7. DIY research
  8. Neuroscience and biometrics
  9. Behavioural Economics
  10. Mass and auto ethnography
  11. Research Bots
  12. Mobile research


・それぞれの潮流の概要
気になられた場合は原文を読んでいただくとして、1,2行くらいでそれぞれの概要をざっくりとメモします。

1. Social media listening
ソーシャルメディアで自然発生的に起こる会話を集約し分析する手法。従来のようにリサーチャーによって「作られる」会話ではないところがポイントではあるが、得たいトピックに関する会話が起こるかどうかは未知数。「それってリサーチではなくモニタリングじゃないの?」とか「会話を抽出される方は使われるって了解しているの?(匿名性の問題)」とか、まあ色々と論じられているようです。

2. Text analytics
これは従来からありますが、いわゆるテキストマイニングですね。1のソーシャルメディアリスニング等が広がってくると、より定性情報を多くのリサーチで扱う必要が出てくるため、もっと進化が必要なのでしょう。

3. Netnography
どうも造語のようですが、ネットにおけるエスノグラフィー(ethnography)のことのようです。リアルのエスノグラフィーは、消費者のお宅にお邪魔してどのように生活していて自社製品をどのように使っているのかといったことを見ていくわけですが、これをネット上の消費行動について見ていくということでしょうか。被験者側のパーミッションをもらっていないと大変なことになりそうですね。

エスノグラフィーとは:知っておきたいIT経営用語

4. MROCs
これは結構最近マーケティング界隈で話題の手法。「Market Research Online Community」の略で、その名の通りオンラインコミュニティの中で定性・定量の両面からリサーチをするのですが、最大の特徴は参加者間の会話やつながりからインサイトを得るということのようです。スピーチの中では、長期的な発展の可能性として、下記のように書かれています。ソリューション創出や商品開発にまでつながると面白いですね。
Short term communities tend to be used as a replacement methodology for other qualitative methodologies. Longer term MROCs tend to be seen as a more general research resource, seeking to co-create solutions for the brand.

下記ブログの解説でMROCの概要は理解できます。
MROCを考える:マーケティング・リサーチの寺子屋

5. Community panels
簡単に言うと、リサーチ会社のパネルを使うのではなく、自前でパネルを用意し、しかも単なるリサーチパネルとしてだけではなく、様々なコミュニケーションのインフラとして使うといったことのようです。MROCと割と近い概念のようで、スピーチの中でも、MROCは通常50から500のメンバ、コミュニティパネルは5000から50000のメンバで構成されると、対比的に書かれています。パネルを外部に出すよりもスピードは上がりますし、長期的に考えるとコストも抑えられるのかもしれません。

6. The gamification of research
マーケティングの世界ではゲーミフィケーションという言葉はよく聞くようになりましたが、「ゲームが持つプレイヤーを活性化させるノウハウを、ゲーム以外の領域に使うこと」を、リサーチにも応用しようということのようです。確かに面白い考え方だとは思いますが、スピーチ中にもあるように、単発のリサーチ用に設計をしてというのはコストと時間的に難しそうです。継続的に何かデータを収集したりモニタリングしたりという目的には適うのかもしれません。

ゲーミフィケーションについては、下記に詳しいです。
ゲーミフィケーションとは何か? 概念の基本と現状:MarkeZine

7. DIY research
言うまでもないかもしれませんが、Do It Yourselfということで、自社でコミュニティを持っていたり、独自に何かしらのパネルにリーチできる手段を持っている場合には、もう外部に委託などせずセルフでやってしまいましょうという流れです。「Survey Monkey」なんかが有名(最近日本にも上陸)ですが、セルフで質問設計から画面作成まで非常に廉価で簡単にできるサービスもありますし、例えばfacebookにファンページを持っていればそこにリンク貼ればいっちょあがりというわけです。

リサーチ専門の人以外にも門戸が開かれるようになるということで質がどうなのかとか、外部事業者の意味合いは何になってくるのかなど、色々と論議はありそうです。

8. Neuroscience and biometrics
直訳すると、神経科学と生体測定。従来は、リアル(対面等)で広告やキャンペーン映像等を被験者に見せてその反応を見るということが主流。これをオンラインでやれるかという話のようなのですが、方法論等含め私には理解しきれない部分ありでした。加えて、面白そうではあるのですが、それ相応の投資をすることが得られるアウトカムに対して見合うのか、少し疑問です。

この手法のイメージはこんな感じです。
ニールセン・カンパニー、脳波でマーケティング効果測定の新事業:六本木経済新聞

9. Behavioural Economics

これも直訳すると行動経済学。これは手法というよりも、人間の認知のあり方や心理的なバイアスといったことがリサーチにどのように影響するかということを、しっかりと踏まえてリサーチを行わないといけないですよね、ということのようです。

10. Mass and auto ethnography
これまでの人類学(anthropology)や前述のエスノグラフィー(ethnography)を、市民/顧客/利用者、あるいは本人/周辺の関係者、といった形で、よりスケールアップすることを指しているようです。スマートフォンやウェブカメラ等を活用することで、より広い対象に効率的に質を落とさず、本来の深堀りを行えるかが鍵のようです。

11. Research Bots
いわゆるbotのようですが、botを使ってインターネット上にある会話やキーワードを拾ってくる形。1のSocial media listeningに近い気がしますが、こちらはモニタリングというのが適切な手法ですかね。また、別のbot活用法として、ソーシャルメディアでの発言等から、消費者をタイプ分けし、このタイプはこのような生活をしていて、何に関心があり、どのような友達をもっているかといったことを類型化していくということも紹介されています。

12. Mobile research
これは読んで字の如くですね(力尽きてきたわけではありません。。)。これまで紹介してきたような手法がスマートフォン等のモバイルを通じてより実用性や拡張性を持ってきているということです。


・そしてBig Data
これまでの12の変化はそれはそれで大きな変化であると言いながら、そんなものBig Dataに比べればちっぽけなもの(tiny)だと書かれています。ちなみにBig Dataとは、クレジットカード利用情報、POSデータ、会員カード情報、web上のあらゆる情報、といったところを総称する文字通り「大きなデータ」のこと。(下記に詳しいです)

Big Dataがもたらしているデータルネッサンス これからはデータが無限におもしろい:Tech Crunch

ESOMAR Global Market Researchの2010年のレポートによると、マーケティングリサーチの売上のうち、50%はいわゆるリサーチ(サーベイ、フォーカスグループ等)からではなく、Big Dataを使ったデータやインサイトの販売によるものだとのことです。言い方を変えると、サーベイをせずともデータはそこにある、ということであり、その活用こそ知恵の出しどころといった形でしょうか。


・所感

このように眺めてみると、色々な変化が起こってきそう(起こっている?)で面白いですね。自分のビジネスに取り入れてみたいものも幾つかあります。

12の潮流、及びBig Dataの内容を俯瞰して見ますと、大きく下記の2つが言えそうな気がしています。
  • 自前化の流れ
  • 外部プロに求められる領域のシフト

自前化についてはどんなサービス領域でも領域の成熟度が増せば自然と起こってくる現象だとは思っていまして、実際に私が以前にいたコンサル業界でも同様のシフトは起こっていました。
自前化が進む理由は幾つかあるかと思いますが、バラバラと思いつくままに挙げると下記のようなところでしょうか。
  • リサーチとプロモーションの距離が近くなり、自らメンテナンスする「コミュニティ」という考えが重要になってきている
  • データは既にある(Big Data)ので、それをあとはどう活用するかが問題になっている
  • 領域の成熟に伴い、スキルのコモディティ化が起こり、内製化が可能(コスト安)になってきている
  • 変化の激しいビジネス環境において、スピードが求められている
  • 消費者や顧客との双方向性のコミュニケーションが求められる中で、当事者の役割が増している
  • 消費者の価値観が多様化する中で、コンテキスト(文脈)の分かる人間が直接声を聞くことが求めらている
  • ますますのコスト低減が求められている

一方で、外部の人だからできる、あるいは誰も知らないからまずは専門家が必要になる、といった領域も増えてきてるのかと思います。そういった意味で、外部プロに求められる領域はシフトしていますが、まだまだ活躍の余地はありそうです。
スピーチの中では、リサーチを専門とする人は何をすればいいのか、という点について下記のように書かれていますね。
The opportunity is that market researchers can focus on putting the “Why?” into the picture, and thereby make the “What?” that Big Data can offer more valuable.


そもそも日本では、欧米に比べて、(既存の)マーケティングリサーチ自体の浸透がまだまだです。

※日本マーケティング・リサーチ協会:『世界における日本のMarketing Researchの概況2008』より抜粋




そんな中、早くも次の波が来ているということは非常にチャレンジングなことではありますが、乗り遅れないようにしないといけないですね。(手法におぼれることのないように。。)