2012年3月29日木曜日

企業の存在証明 -リサーチ会社はリサーチを使って意思決定しているのか-


突然ですが、もしもこんな会社に営業されたらどうですか?
  • 自動車の営業マンがプライベートではマイカーを持っていない
  • 生命保険の販売員が生命保険に入っていない
  • 新聞社に勤めているのに自宅では新聞をとっていない

このようなことが実際にあるのかどうかは知らないですが、仮にそのような実態があるということをお客さんが知ったら、きっとその会社の商品・サービスを買うのを躊躇してしまうのではないでしょうか。自社の商品・サービスを実際に使い、その利用価値や使い勝手に精通しているということがその企業の存在証明の大事な一つかと思います。まずは自分たちからということで、自社の製品・サービスについてその効果を身を持って示さないと、お客さんからの信頼や共感は得られないでしょう。

・リサーチサービスの企画にリサーチは活用されているのか
翻って、リサーチ会社はどうでしょうか。つまり、「リサーチ会社はリサーチを使って意思決定しているのか」という疑問です。例えば、リサーチ会社はどのようにして新しいサービスを企画・開発しているのか。

ところで、企画の世界では、新しいサービスを企画する際にリサーチを活用できるかどうかという是非論はよく聞かれる話で、以下の故スティーブ・ジョブスの言葉が有名です。
「「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。僕の考え方は違う。顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ。ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。「なにが欲しいかと顧客にたずねていたら、『足が速い馬』と言われたはずだ」って。欲しいモノを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからないんだ。だから僕は市場調査に頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを読み取るのが僕らの仕事なんだ。」
「アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うかい?」

これ、リサーチ会社が「いや、その通り。うちのサービス企画は基本的にトップの発案ベースか、もしくは懇意なクライアントのニーズドリブンで作ってみる感じ。それが他にも売れればめっけもんという感じですかね」という感じだったらどうでしょうか。これはある種の自己否定であり、クライアントもそのような会社からはリサーチをお願いしたいとは思わないでしょう。

また、リサーチの是非論に対抗すべく、独自性が高く競合優位なサービスが「リサーチの活用」で見出せると言うならば、リサーチ会社のサービスはもっと多様に各社個性のあるラインナップになっても良いはずではないでしょうか。こう言ってはあれですが、各社似たようなサービスばかりのような気がするようなしないような。。

・リサーチ会社の経営におけるリサーチ活用の実態は
上記では例としてリサーチを用いた新サービスの企画を取り上げましたが、他にも、下記のような目的・用途で、自社サービスをクライアントに対して営業したり、コンセプトとして打ち出したりしていると思います。それぞれ翻ってリサーチ会社は自社の戦略立案、意思決定にはどの程度活用できているのでしょうか。そしてそれをケースとして紹介できているのでしょうか。
  • 【 サービスの企画 】
    社内企画部署での机上の議論だけに閉じて企画をやってないか?懇意にしているクライアントの声だけ聞いてないか?
  • 【 サービスの仮説検証・改善 】
    新しいサービス企画を世に出す前に仮説検証はされているか?あるいは定点的に検証・改善を行うためのモニタリングをできているか?
  • 【 サービスの本質的な見直し 】
    営業的なヒアリングに基づく「オペレーションの改善」だけではなく、何かしらの調査に基づく「バリュープロポジションの見直し」はされているか?
  • 【 定量的な市場把握 】
    経営計画という側面では当然「リサーチ市場」の規模をばっくりと把握はしていると思うが、個別のサービスライン毎に市場規模や展望を定量的に把握できているか?
    (例えば、定量/定性調査の市場規模を営業マンに聞いて答えられる人はどれくらいいるのだろう。。)
  • 【 顧客の声の傾聴 】
    顧客の声を多面的に拾う仕組みはどの程度整っているのか?
    (現状は営業が聞くくらい、あるいはCS調査くらいか?ソーシャルメディアやコミュニティを使った傾聴だと言って、自分たちは何かやっているか?)
  • 【 その他(Co-creation、Ideation等)】
    「客とともに創る」「オープンイノベーションを行う」といった新しい声の拾い方・活用の仕方にチャレンジしているのか?

上記、実情がわからず書いていますが、実際どうなのかなと。

・自社品・サービスを活用した場合のアウトカム見える化が求められている
こういう話をしていると、「自分が一消費者でもあるB2Cと、法人相手のB2Bは違うんだよ」という声もありそうではあります。

しかし、例えばB2Bの典型である材料メーカーでも、その材料がどのように有用なのか、どのような完成品への応用があるのか、完成品の試作に乗り出すということをやっているようです。このように、自社がまずは自社品・サービス活用の実践者になり、活用すればどのようなアウトカムが期待できるのかという実践例を提示することへの要請は強くなってきているように思います。

例)東レ、炭素繊維を使った次世代型EV試作 4割超の軽量化実現


リサーチも守備範囲が広くなり、また従来型リサーチはどうなのかという疑問の声も挙がりつつある中で、その目的や用途に応じた実践例の提示が求められているように思います。リサーチ会社は、企業レベルで「何をやるか」の検討に、リサーチの活用を進めるべきではないでしょうか。そこで何か新しい方向性を見出せるのであれば、クライアントもリサーチの効用を理解するに違いありません。

2012年3月22日木曜日

ビジネスにもアジャイルという方法を -誤りや変化を歓迎する方法論-


前回のエントリに続いて『Subject To Change ―予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る』から、ソフトウェア開発の考え方の一つである「アジャイルアプローチ」というものを取り上げます。ちなみに、アジャイルとは素早い、機敏な、という意味。

・アジャイルアプローチとは
従来のメインストリームであった方法論は、開発がまるで滝が流れ落ちるように分析から設計・実装・テスト・リリース・保守と逐次的に段階的に進められることから、「ウォーターフォールアプローチ」と言われ、基本的には開発は当初の計画に忠実に、作業はしっかりと分業され整然と進められるという前提に立っています。一方で、「アジャイルアプローチ」は、全てのことを予測できるわけではないし普遍であることはなく(変化する)、その状況に応じた修正を顧客を巻き込みながら進めるべきという前提に立った方法論です。

その哲学・価値観は下記の「アジャイルソフトウェア開発宣言」として明文化されています。

アジャイルソフトウェア開発宣言

私たちは、ソフトウェア開発の実践
あるいは実践を手助けをする活動を通じて、
よりよい開発方法を見つけだそうとしている。
この活動を通して、私たちは以下の価値に至った。

プロセスやツール よりも 個人と対話を、
包括的なドキュメント よりも 動くソフトウェアを、
契約交渉 よりも 顧客との協調を、
計画に従うこと よりも 変化への対応を、

価値とする。
すなわち、左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。

また、アジャイルアプローチで重視される方策は下記のようなものです。

  • 反復重視のプロセス。開発を通じてのみ見えてくるニーズにすばやく適応する比較的短期の開発サイクルから成る。
  • 顧客を開発プロセスに引き込む。
  • 物事を正すことを評価する。すなわち早い時期に確実に、基本的な誤りや非効率の長期化や再発を防ぐ行動を評価する。


・アジャイルのビジネスへの応用
少し前置きが長くなりましたが、アジャイルはあくまでもソフトウェア開発において提唱されたものではあるものの、これからのビジネスにも大いに参考になる指針であるように思います。例えば何かの製品やサービスを企画するといった場合、特に下記の点で参考にすべき点は大きいのではないでしょうか。

①変化を前提に柔軟に動ける
変化を前提としたアジャイルの考え方はビジネスにも有効です。ソフトウェアが変化にされされているのであれば、当然その上位概念であるビジネスにおいても日々変化に目を向ける必要があります。事業の「ピボット」(方向転換)という考え方も最近はよく言われますが、ビジネス環境やトレンドに変化が大きく、顧客の趣向の様々という場合、変化を前提にしながら仮説検証を高速に繰り返すモデルは親和性があります。

②失敗を歓迎することができる(ポジティブに生かす)
従来型の開発では、誤りはエラーだと捉えられるため、それが有用な発見であるという考えはなされにくい状況でした。考えてみれば、プロジェクト開始後1年や2年経ってから、アプローチの基本的な部分に欠陥があるということは認めたくないのも当然です。そのため、下記図(本書より)のようにプロジェクトの環境への順応性は時間が経過するにつれ大きく乖離していきます。ただ失敗は市場からの貴重なフィードバックです。その意味では、効率性や費用効果という意味でも昨今の環境においては有効な手段であると考えられています。

③デザイン・シンキングにフィットする
このアジャイルという考え方は、「人間中心のデザイン」「デザイン・シンキング」といった今後のビジネスで重要になってくるであろうコンセプトにすごく親和性があるように思います。例えば、以前のエントリで引用したIDEOのCEOティム・ブラウンのこの考え方。
中心にいるのは人間であるということである。したがって、最善のアイデアと究極の解決策を見出すには、人間中心で、創造的でしつこく繰り返す、実用的なアプローチが必要である。そのようなアプローチこそ、イノベーションにデザイン思考を生かすことにほかならない。

デザイン・シンキングで重要となってくるブレストやプロトタイプ、ユーザー視点といったところが、上記の宣言の価値観に符合します。ここでは同じくIDEOのCEOティム・ブラウンが、TED講演で挙げたビジネスにおいてデザインを取り入れるための3つのキーコンセプトを引用します。

  • Exploration : Go for quantityブレスト >>対話の重視
  • Building : Think with your handsプロトタイプ >>ソフトウェアが動くことを重視
  • Role play : Act it outユーザー視点 >>顧客との協調を重視

上記の3つのコンセプトは線形ではなく繰り返すことに意味があるという考え方ですので、アジャイルの「変化への対応」というところも一致するものと思います。

このアジャイル的な考え方が実践されている一つの例として、最近記事で見たアップルのデザイン責任者ジョナサン・アイヴの下記の言葉。「デザインしながら、プロトタイピングしながら、作っていく」という言葉はまさにデザイン・シンキング的でありアジャイル的です。(当社がどう考えているのかは知りませんが)
Q: What makes design different at Apple? 
A: We struggle with the right words to describe the design process at Apple, but it is very much about designing and prototyping and making. When you separate those, I think the final result suffers. ...
※引用元:Sir Jonathan Ive: Knighted for services to ideas and innovation

・アジャイルを取り入れるにあたり気をつけたいこと
注意するべきは、宣言にも「左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく」とあるように、アジャイルかウォーターフォールかという二元論ではないということです。当然手続き論としてウォーターフォール的なアプローチの有効性もあるでしょうし、予測できる部分はオペレーティブに粛々とやり切るということは依然として重要です。

また、このアジャイル的な仕事のやり方、一見サクっと作って顧客にフィードバックもらって修正して・・・というように軽量級な仕事の進め方(悪く言うと適当に客におもねってる?)と見られがちですが、そのプロセスはなかなか険しいように思います。まさに下記のように。
Perservance is not a long race; it is many short races one after another. (Walter Elliott)
忍耐力とは、1回の長距離走ではなく、短距離走を次々とこなす力である。

現在のビジネス(業種によるかも知れませんが)において、このような考え方がますます重要になってくるのは確かなことのように思います。ちょっと意識しながら仕事を進めてみたいなと。

2012年3月21日水曜日

体験が製品 -プロトタイプを通じた体験のリ・デザイン(薬剤ボトルの例)-


知人に紹介してもらった『Subject To Change ―予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る』という本を読んでいます。この本、イノベーションやデザインという文脈ですごくいいので、また機会があればポイントをまとめたいのですが、その中で出てきた「体験が製品」という言葉が印象的です。物理的なモノそれ自体だけが製品ではなく、それを見つけて検討して買って使って捨てて・・・といった一連の「体験」も含んだ全体が製品である、という考え方です。

・「体験」をプロトタイプに持ち込む
本書では、「体験が製品」という考え方において、「体験プロトタイプ」つまり体験という観点からユーザー視点のプロトタイプを作りテストすることの重要性が説かれています。これは、以前のエントリで取り上げた「人間中心のデザイン」の実践への落とし込みの一つの例かと思います。本書には、この「体験プロトタイプ」を通して処方薬保管ボトルをユーザー体験上より良くするプロジェクトについてのケーススタディが掲載されていました。大変面白そうだったので詳細をネットで調べてみましたのでご紹介。元記事は下記になります。

ClearRx Prescription System
The Perfect Prescription How the pill bottle was remade sensibly and beautifully.

このケースの主役Deborah Adlerというグラフィックデザイナーの女性は、当時薬局で処方薬を入れて患者に配布されていたボトルの小さくてごちゃごちゃしたラベルの記載が患者を誤飲等のリスクにさらしているという問題意識を持ち、大学の卒業プロジェクト('Safe Rx'という呼称)でこのボトルの改善に取り組んだということです。ここでポイントになったのはそのボトルを使用するユーザー視点での体験。このボトルは'Clear Rx'という製品名で「ターゲット」という薬局で実用化がされており、デザインが優れているということから当時ニューヨークのMoMAにも展示がされたそうです。

・「体験プロトタイプ」のケース
'Safe Rx'プロジェクトの概要をざっとまとめると下記のような感じです。(日本語訳には多少の意訳が含まれます)

【背景】
当時(というか今でも?)米国で標準的な処方薬保管ボトルは黄味がかったプラスティックボトルで、ラウンドした壁面に小さな字で説明書きがプリントがされているような状況で、何が入っていて患者がいつどのように服用すべきかが非常にわかりにくい状態だったというところが背景にあります。そんな状況が第二次世界大戦後から変わらず続いていたらしいです。実際に、当時の調査でも実に60%以上の患者が1回は他人の薬を間違って飲もうとしてしまったと答えていたそう。

【リ・デザイン(プロトタイピング)】
Before:当時の業界スタンダード



どれだけ「体験」がないがしろにされているのかを洗い出す。

  • 一貫性のないラベル:各薬局で情報の表示される位置がマチマチ
  • ブランディングに使われるラベル:薬品名・服用方法よりも大きく表示される薬局のロゴ
  • 紛らわしい数字:説明のない数字の印字("10"というのは10錠なのか1日10回なのか)
  • わかりにくい色味:オレンジのボトルにオレンジの字のような解読困難なカラーリング
  • カーブした形状の読みにくさ:ラベル情報を一度に見られるようにするには狭すぎる形状
  • 小さすぎる文字:細かな文字で狭いエリアにぎっしり情報が記載(読まずに捨てられるのが常)


After:リ・デザインされたプロトタイプ


Adler氏によるプロトタイプ。ボトルに日常触れ薬を服用する患者の「体験」を重視。

  • 外観よりも機能:美しさを犠牲にしても、本来あるべき薬剤の名前と服用方法を記載
  • カラーコーディネーション:家族全員のラベルの色を別個にし混乱を回避
  • インテリジェントな有効期限通知機能:薬剤の有効期限を通知するマーカーをラベルに搭載
  • ボトルの形状を変更:広くフラットな形状とし、文字が読みやすいD型(前面がカーブし後面がフラットの半円型)を採用
  • 情報の添付方法の変更:これまで情報は袋に印字されていたため捨てられやすかったところを、紙のカードに印字しボトルの溝に保持できるように変更
  • 文字を読みやすく:文字が小さすぎて読めない場合を想定して、薄い虫眼鏡の装備を検討
  • 服用スケジュールを記載:ボトルのてっぺんに服用タイミングを掲載


【アウトプット】
Adler氏のプロトタイプは「ターゲット」という薬局の目に留まり、'Clear Rx'という製品名で実用化がされました。プロタイプは、D型(半円型)の形状が子供の安全上危ないということから上下逆さまの形状が生まれる等、より体験に基づいたブラッシュアップされたようです。結果、こんな感じのボトルに。



  1.  わかりやすい薬剤名表示:薬剤の名前を一番目立つボトルのトップに記載
  2.  ボトルの色をひとつのサインに:世界共通の注意喚起の色である赤色のボトルを当該薬局のサインとして採用
  3. 情報を階層化して表示:優先度の高い薬剤名、用量等を先頭に、優先度の低い使用期限や医師名等はサブに表示
  4. 上下逆の形状:通常と上下逆さまのキャップが下に来る形状で、ラベルが上部にも貼れるように修正
  5. 自分のボトルがわかる色の工夫.:ボトルの首の部分に家族それぞれ異なる色のラバーの輪を装着し取り違え防止
  6. 薬剤の詳細情報をカード化:副作用情報等の情報をカード化し、ラベルの裏に挟みこめる設計
  7. ユニバーサルな表記に:'once'はスペイン語で「11」を意味するため、'daily'という表現を活用
  8. わかりやすい注意喚起のサイン:従来のわかりにくい注意喚起(例:服用は空腹時に)を25個にわたって修正


・最後に:「体験プロトタイプ」の意味
ほぼ原形をとどめていない最終形の形状やデザイン。まさに「体験」をベースに構造物の意味を問い直すとここまで仕上がりが違うのかという結果ですね。徹底的にユーザー目線です。

また、最終形がプロトタイプとも大きく形状が変わっている点が興味深いです。プロトタイプは壊すためにある、という感じでしょうか。ユーザー視点で発想を加えたり練り直す一つの土台としてのプロトタイプの役割(たたき台があることによってアイデアが出てくるという典型)ですね。

本書には初期のPDAを開発したPalmのジェフ・ホーキンス氏のエピソードも。
製品デザイナーのジェフ・ホーキンスは同僚たちのシャツのポケットのサイズを測り、そこにぴったり入るように木製のブロックを削り出した。ホーキンスはPDAを開発中で、デバイスが簡単に持ち歩ける大きさであることは不可欠であると知っていた。
ホーキンスはどこにでもこのブロックを持って行き、誰かが口にした日付や情報をメモしたいと思ったとき、その木製ブロックにその情報を入力するまねをした。エンジニアが新しい仕組みや機能を提案すると、木製ブロックを手に取って「それ、どこに入ると思う?」と尋ねた。木製ブロックのおかげで、デバイスのデザインにも開発にも簡潔さが徹底され、チーム全員がその感触の良い体験を繰り返し気付かされた。

ここにも共通するのは、プロトタイプが目の前にあると、それを持って重さや大きさを感じてみたり、イメージを投影してみたり、使うシーンを想像したり、という行為(=体験)が生まれ、そこからリアルな発想が生まれるということなのかと思います。言い換えると、体験まで配慮した製品を仕上げるためにはプロトタイプが不可欠、ということかと。「体験」を製品に組み込むことのできるプロトタイプを通じたデザインこそ「人間中心のデザイン」の重要なヒントだと感じました。

2012年3月13日火曜日

デザイン・シンキングのコンセプトチャート2枚 -IDEOティム・ブラウン氏のブログより-


デザインやデザイン・シンキングについて調べたりしているうちに、IDEOティム・ブラウン氏のブログに出会いました。残念ながら最近は更新頻度が減っているようですが。。ちなみに、ティム・ブラウンは先日のブログでTEDの講演を取り上げたのでご参考まで。

以前にも本ブログではデザイン・シンキングを取り上げてきましたが、その総本山的な人(企業)のブログ。その中から、デザイン・シンキングのコンセプトチャートを2枚引用させてもらいます。

こちらはデザイン・シンキングの定義について1枚で表現すると、といった図。


DESIGN THINKING THOUGHTS BY TIM BROWN 『Definitions of design thinking』より

文章でもデザイン・シンキングの定義がシンプルに書かれています。
Design thinking can be described as a discipline that uses the designer’s sensibility and methods to match people’s needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.

2枚目のこちらは、デザイン・シンキングってどんな感じのもの?ということで、デザイン・シンキングにおける多元的な思考プロセスが1枚で表現された図。


DESIGN THINKING THOUGHTS BY TIM BROWN 『What does design thinking feel like?』より

divergence(発散)においては'creating choices'が、convergence(収束)においては'making choices'が行われ、analysis(分析)においては'breaking problems apart' が、synthesis(統合)においては'putting ideas together'が行われると。発散か収束か、分析か統合か、といった二元論ではなく、その両極を行ったり来たりする思考こそがデザイン・シンキングであるという点がポイントのようです。


2枚とも非常にシンプル且つコンセプチュアルで、"So What?"は自分でじっくりと考える必要があるのですが、常にデスクに置きながら仕事をしたいなという感じ。まとまりないですが、ちょっとした共有でした。

2012年3月8日木曜日

医療もメインフレームから分散型へ? -『医療をメインフレームから取り外そう』(TED動画)を見て-


今さらながらTEDはいいですね。またいいのを見つけてしまいました。今回ご紹介するものは、先日のエントリで紹介した「e-患者」の考え方にも関連のあるテーマで、世のシステムやITの世界のように、医療も「メインフレーム」(中央集約)から「個人中心型」(分散型)へ転換すべきという内容。

エリック・ディシュマンが説く「医療をメインフレームから取り外そう」




インテル調べ(氏はインテルの研究者)では、「医療と聞いてまず思いつくものは?」という質問に対する一般的な最初の答えは「医師」、二番目の答えは「病院」だそうです。私達の脳は機械的に医療と医療改革といえばこういう所で起きるものだと考えるようになっており、これこそが「メインフレーム」中毒であるとディシュマン氏は言います。この医療機関にお金をかけ、皆で通って共同使用するという考え方1787年に始まったものだそうで、初めての一般病院はウィーンで生まれたそうです。それ以来、病人は病院に行くもの、診療科は分かれているもの、といった固定化したメインフレーム思考が脈々と続いていると。

当然病院を中心とした仕組みは重要なものであり続けると思われますが、一方で部屋いっぱいの大きさが必要だったメインフレームコンピュータの処理能力が、手のひらに収まるサイズの携帯電話に搭載される時代、同じ考え方が医療にも適用されるべきであると言います。メインフレーム型の医療では、無保険者に対する医療は十分にできませんし、超高齢化社会においてその医療費は膨大になり中央集中的な受け皿だけでまかなえるものではなくなります。氏は、「個人中心型」の医療への転換をはかり、医療を家庭に移動・分散させることの重要性を説いています。

メインフレーム型の医療と個人中心型の医療の対比は下記のような転換で表現されています。



※TED動画『医療をメインフレームから取り外そう』より引用

この個人型医療は考え方として大きなパラダイム転換ではありますが、非常に身近なところにヒントがあることも事実です。例えば、ということで紹介されている、電話の家庭での個人中心型医療におけるツールとしての可能性。下記はお年寄りの健康状態をモニタリングする一例ですが、考えると色々ありそうだなと。

  • お年寄りが電話をとると、服用すべき薬を教えてくれるメッセージが聞こえる(薬を忘れずに正しく飲むためのツール)
  • お年寄りの電話の受け応えを長期的に見ていき、相手の認知に費やした時間の長さを調べる(初期の痴呆を感知する知覚テストのツール)
  • 電話が鳴ってから受話器を取るのに、以前より時間がかかっているかどうかを測る(耳が遠くなったのか、体が不自由になったのだろうか、といった老化度合いのモニタツール)
  • 声が以前より小さくなっていないかどうかを測る(アルツハイマーやパーキンソン病の患者に見られる声の変化を測るツール)
  • 受話器を取った時の手の震えを測る(初期の関節炎等の体の衰えの検知ツール)
  • 電話の頻度を測る(社交性の減少と将来の身体的健康との関係性の研究ツール)


このように家庭で拾える予防的指標を、ディシュマン氏は「行動指標」と呼んでいるようですが、まだまだ身近なツールや習慣性を利用し行動指標を拾う予防の取り組みはありそうです。このような動きはどれくらい加速してくるのか未知数かとは思いますが、押さえておきたい動きの一つですね。

2012年3月5日月曜日

「e-患者」が医療を変える -患者がより積極的に医療に参加する世界-

立て続けにTED動画のピックアップなのですが、今回は医療、特に患者についての動画。演者は自身ががん患者なのですが、'e-Patient'(e-患者)というキーワードを使い、医療において患者が今よりももっとエンパワーされより積極的な参加をできるようにすべきであるという主張を展開しています。にしても、ものすごくパワフルです、この人。まずは動画をどうぞ。

デイブ・デブロンカート:Meet e-Patient Dave




デブロンカート氏は「医療でもっとも活用されていない資源は患者」という言葉を引用し、これまで患者が主体的に医療情報にアクセスする難しさがあった状況を振り返ります。その上で、ウェブの登場で、情報は即座に入手できるようになり、ネット上で仲間を見つけ、集結し、情報交換することができるようになったことで、全てが変わったと言います。

そのような背景から、今後患者は「e-患者」になっていくだろうと続けます。「e-患者」のeとは、下記の4つのeで始まるキーワードです。

  • Equipped:準備が整っている
  • Engaged:深く携わっている
  • Empowered:力が付与されている
  • Enabled:可能性が満ち溢れている


但し、これは理想であり、まだ途上。概して、患者がアクセスできる情報は「他者」の記事、つまり一般的な事例や他の患者の症例であり、上記の4つのeを達成するために本当に必要なことは、患者自身が生データ(自身の健康・治療データ)にアクセスできるようになることであると主張しています。

この生データ(自身の健康・治療データ)へのアクセスがより患者の治療参加を加速させるという点、数字としても今後の伸びが非常に期待されています。

2011年で約150億円弱であった日本における健康管理サービス市場は平均130%弱の年成長率で、
2016年には約610億円の市場規模に達する見込み


出所:テクノ・システム・リサーチ:「在宅医療・健康管理ソリューション市場調査結果」より


また、少し古いですがこの『The New Era Of Interactive Health』という記事に'Interactive Health'というキーワードが紹介されています。言われているのは、個人の健康情報・データを簡単にリアルタイムに集め、管理し、分析し、理解し、トラッキングするサービスの必要性です。これもまた「e-患者」の流れの一つでしょう。

加えて、ソーシャルメディア、モバイル、ゲーム等の仕組みを組み込むことで、インタラクティブ性もそこに加わり、Amazon等の他のネット企業が行っているように'personalization''socialization''engagement'といった要素が加わってくるようなイメージです。

以下に、本文中に記載されている'Interactive Health'のポイントを抄訳で引用します。

  • Mobile and online applications for improving health are fast, simple and accessible anytime and anywhere.
    健康改善のためのモバイル/オンラインアプリに、早く、簡単にいつでもどこでもアクセス可能に。
  • Personalization reigns, and personalized tools help you receive secure, tailored, relevant and actionable health information that’s all about you.
    パーソナライズドが当たり前に。セキュアで個別化されていて、アクションに繋がる「自身の」健康情報を受け取ることが可能に。
  • 24/7 easy access to trusted physicians and their wisdom, online and offline, facilitate a continuum of care in a seamless, effective and secure way.
    オンライン/オフライン問わず、24時間、医師とその知恵にアクセス可能に。一連の治療をシームレスで効果的でセキュアな方法で促進。
  • Interactive technologies provide access to and facilitate communication with relevant, experienced individuals and support groups to help you make informed decisions.
    インタラクティブなテクノロジーが、適切で経験豊富な個人(患者?医師?)やサポートするグループへのアクセスとコミュニケーションを可能に。より情報に下支えされた決断をサポート。
  • Simple tools with game-like interactions make it fun to become and remain engaged in your health.
    ゲームの要素を取り入れたシンプルなツールによって、自身の健康に深く関わり続けることを楽しい作業に。


これらの考え方は、当然、既存の患者を減らす、あるいは既存の患者のQOL(Quality of Lie)を上げる、といったことに寄与しますが、加えて潜在的な患者を患者にさせない予防の意味でも重要であると思います。感覚値ですが、その社会的なインパクトは既存患者に対するものよりも大きいかも知れません。


2012年3月2日金曜日

遊びをいかに創造に生かすか -『ティム・ブラウン:創造性と遊び』(TED動画)を見て-

デザインに関連するインプットネタを色々と探していて、良い動画に出会ったのでサクッとご紹介。デザイン・コンサルティング会社IDEOのCEOティム・ブラウンのTEDでの講演。少し長め(30分程度)ですが、まずはその動画をどうぞ。

ティム・ブラウン:創造性と遊び(Tim Brown on creativity and play)





総じて語られているのは、「真剣な」ビジネスの場における「遊び」の重要性です。ビジネスや社会システムにおける問題解決にデザインを活用したコンサルテーションを提供することで有名なIDEO。デザイン(を活用した問題解決)のプロセスにおいては、多くのアイデアを探索する「生成的な段階(発散)」と、それらをつなぎ合わせてそこから解決策を探し出し「発展させる段階(収束)」が求められ、それぞれに「真剣さ」と「遊び」が必要になると言います。

この「遊び」の要素、我々が子供の時に学んだ行動であると言います。我々はいつの間に遊ぶことを忘れてしまうのでしょうか。
And there are a series of behaviors that we’ve learnt as kids, and that turn out to be quite useful to us as designers. They include exploration, which is about going for quantity; building, and thinking with your hands; and role-play, where acting it out helps us both to have more empathy for the situations in which we’re designing, and to create services and experiences that are seamless and authentic. 
私達が子供のときに学んだ数々の行動があり、それはデザイナーとしてとても役立つものだと分かりました。その行動は量を求める探索、自分の手で組み立て考えること、そして、ロールプレイして演じることで、私達のデザインする状況に感情移入することが出来 つなぎ目のない確かなサービスや体験を作り出せるようになるのです。

詳述は避けますが、動画中のスライドでは、下記の3ステップでまとめられていましたので、これも参考になると思います。

  1. Exploration : Go for quantity
  2. Building : Think with your hands
  3. Role play : Act it out

また、下記の言葉が印象的です。
"It’s not an ‘either/or,’ it’s an ‘and.’ You can be serious and play.”

「真剣さ」と「遊び」は、この両者の間を行き来できることが重要であり、どちらか一つだけで良いということもなければ、線形的に順序が完全に固まっているものでもないということです。つまり、「真剣さ」と「遊び」は「もしくは」ではなく「かつ」であるというわけです。

ただこれ、言うは易し行うは難し、ただ単に「遊び」を意識しているだけでは、なかなか実際の業務プロセスで実践できないのではないかと思います。IDEOもコンサルテーションを提供するだけではなく、方法論・プロセス自体の企業へのインストールもサービスとして提供しているようですが、業務プロセスの「ルール」としてこの「真剣な遊び」の要素を織り込んでおく必要があると言います。

この「ルール」は、突飛なアイデアを共有する、リスクを犯す、といったことを躊躇しなくても良いという安心感を生み出すための意味合いもあります。突飛なことを言うことを恥ずかしがらなくていいよ、と。また、古いルールや規範を創造のプロセスに持ち込ませないためでもあります。例えば、IDEOの提唱するブレストのルール(判断を控える、量を求める等々)などは有名です。

ここまで書いておきながら、私自身このようなルールを忠実にビジネスで実行してみたことがありません。どんな効果が得られるのか。彼らの言う'learning by doing'をしなくてはと思うので、機会を作ってやってみたいと思います。

2012年3月1日木曜日

「リ・デザイン」という考え方 -既知のものを未知なるものとして再解釈する-

デザインの学びの一貫として、『デザインのデザイン』(原研哉)を読みました。本書は次のような序文で始まります。
何かを分かるということは、何かについて定義できたり記述できたりすることではない。むしろ知っていたはずのものを未知なるものとして、そのリアルティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することに繋がる。たとえば、ここにコップがひとつあるとしよう。あなたはこのコップについて分かっているかもしれない。しかしひとたび「コップをデザインしてください」と言われたらどうだろう。デザインすべき対象としてコップがあなたに示されたとたん、どんなコップにしようかと、あなたはコップについて少し分からなくなる。さらにコップから皿まで、微妙に深さの異なるガラスの入れ物が何十もあなたの目の前に一列に並べられる。グラデーションをなすその容器の中で、どこからがコップでどこからが皿であるか、その境界線を示すように言われたらどうだろうか。様々な深さの異なる容器の前であなたはとまどうだろう。こうしてあなたはコップについてまた少し分からなくなる。しかしコップについて分からなくなったあなたは、以前よりコップに対する認識が後退したわけではない。むしろその逆である。何も意識しないでそれをただコップと呼んでいたときよりも、いっそう注意深くそれについて考えるようになった。よりリアルにコップを感じ取ることができるようになった。

うーん、確かに。確かに普段知った気になっているものも、いざそれについて意味を考えたり、解釈を述べたり、その課題を聞かれたりすると、意外と分かっていないことは多くまだまだ探求の余地があるということは実感としてよくあります。

本書では、デザインというと「新しいもの」「無から有」を創造するといったイメージを持ちがちですが、それだけじゃないよ、と言うかむしろ既知のものを見つめ直しより良い価値を再創造することがデザインですよ、という話が目を引きます。筆者はそれを「リ・デザイン」と言っています。下記に気になった箇所を抜粋。
テクノロジーがもたらす新たな状況だけではなく、むしろ見慣れた日常の中に無数のデザインの可能性が眠っていることに今日のデザイナーたちは気付きはじめている。新奇なものをつくり出すだけが創造性ではない。見慣れたものを未知なるものとして再発見できる感性も同じく創造性である。既に手にしていながらその価値に気付かないでいる膨大な文化の蓄積とともに僕らは生きている。それらを未使用の資源として活用できる能力は、無から有を生み出すのと同様に創造的である。僕らの足下には巨大な鉱脈が手付かずのまま埋もれている。整数に対する小数のように、ものの見方は無限にあり、そのほとんどはまだ発見されていない。それらを目覚めさせ活性させることが「認識を肥やす」ことであり、ものと人間の関係を豊かにすることに繋がる。形や素材の斬新さで驚かせるのではなく、平凡に見える生活の隙間からしなやかで驚くべき発想を次々に取り出す独創性こそデザインである。
デザインは単につくる技術ではない。
(中略)
むしろ耳を澄まして目を凝らして、生活の中から新しい問いを発見していく営みがデザインである。
ごく身近なもののデザインを一から考え直してみることで、誰にでもよく分かる姿でデザインのリアリティを探ることである。ゼロから新しいものを生み出すことも創造だが、既知のものを未知化することもまた創造である。

合わせて、そのようなデザインはデザイナーの自己表現ではなく社会やユーザーを起点にするべきものであると言います。
デザインは基本的には個人の自己表出が動機ではなく、その発端は社会の側にある。社会の多くの人々と共有できる問題を発見し、それを解決していくプロセスにデザインの本質がある。

並行して最新のCasa BRUTUSの「Appleは何をデザインしたのか!?」を読んでいたのですが、Appleのデザイン責任者ジョナサン・アイブのインタビューコメントにも似たようなクダリがありました。
どこか新しい、これまでと違うからといってそれが良いものだとは限らないのです。デザイナーとして私たちがやろうとしてきたことは新しいものや違ったものをつくろうというのではなく、ただより良く(=better)しようということです。
デザインとはデザイナーの自己表現の場ではありません。

また、デザインコンサルティング会社IDEOのCEOティム・ブラウンは下記のように言っているらしいです。(手元にメモがあるのですが、出典不明。。)
初心者であるということは素晴らしい。それは自分が知らないことを知って、驚き、不思議に思う、その差分が価値を生むからだ。

いずれも革新的な価値を提供する(と言われている)企業やデザイナーがそのような発言をしていることは非常に興味深いと思います。'Something new'ではなく'Something valuable'を生み出すのがデザインなのでしょうか。

一つ前のエントリに書いたように、結局「誰のためのデザインなのか」という問いなのかも知れません。「新しい何か」というと、「誰にとって」という対象がある種なんでもありになります。企業にとって新しい、業界にとって新しい、というのも「新しい何か」ではあります。一方で、生み出すものを「価値ある何か」と定義すると、誰にとって価値があるのかという点でそこには明確な対象(ユーザー、人間)が浮かび上がります。それが既存の価値からすると新しいことが多いため「新しい何か」にもなり得る。ここにデザインの一つのポイントがあるのかも知れません。