莫大な開発費と時間と労力のために、新薬が出にくくなっている製薬業界では、社外に創薬シーズ(創薬の種)や技術を求め、リスクを低減しながら効率的に創薬を行う“オープン・イノベーション”が脚光を浴びている。
ということで、製薬業界における幾つかの事例やその背景、特徴といったことが紹介されており、興味深く読みました。
一昔前からよく「オープン・イノベーション」という言葉はよく耳にするようになりました。改めてその定義について、この記事の中に記述があります。
“オープン・イノベーション”は、当時、ハーバード・ビジネス・スクールの助教授だったHenry Chesbroughが、著書『Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology (HBS Press, 2003)』で提唱した新しいビジネス戦略だ。従来の“クローズド・イノベーション”では、自分の会社1社だけで、アイデアを創出し、材料を調達して、研究開発し、その後商品化して市場に出し、上がった利益でまた新製品や新技術を開発するといったサイクルを回す、“自前主義”だった。これに対し、“オープン・イノベーション”は、ほかの組織の優秀な人材と協働し、外部の研究開発を利用する。
定義はそういうことではあるのですが、「オープン・イノベーション」で有名なP&Gの「コネクト・アンド・デベロップ」、その専用サイトに記載されている言葉がよりリアルにその内容を表しています。
- 革新的な製品、技術、ビジネスモデル、手法、商標、容器・包材などをお持ちではありませんか?
- 弊社の既存製品・ブランドに対するビジネスの機会をお持ちではないですか?
要は、イノベーションに必要なほぼ全ての要素について、ほぼ全てのバリューチェーンにおいて、社外とのオープンなコラボレーションの中でイノベーションを生み出していこうということです。技術やモノだけではなく、マーケティング手法や市場調査方法、ビジネスモデルまでその対象とするのが、進んだ「オープン・イノベーション」の姿のようです。全てのステークホルダー(利害関係者)とあらゆる形でオープンなコラボレーションをしていくこと、と言い換えられるかもしれません。
それにしても、前からあったのかもしれませんが、専用のサイトがあることが驚きです。脱線ついでに少しP&Gについて見てみると、さらに驚きなのが、このページです。
P&Gのニーズを見る・一覧
ここでは、P&Gが社外に知恵を求めているニーズの一覧が掲載されており、例えば下記のようなもの(一例)が列挙されています。P&Gが何をやろうとしているのか、めちゃくちゃわかります(というかトイレタリーの未来がここにあるのかも)。
- 発展途上国と対象とした、製品需要の初期予測モデルを探しております。
- ゲームによる消費者動向(購買意欲など)の予測に興味を持っています。
- すぐにでも製品化可能な抗菌技術を探しています。バクテリア、カビ、ウィルスなどに対して有効であり、特に結核菌に対する有効性が求められます。
- 商品棚から2m離れた状態で見た目上のインパクトをパッケージに与える新規な加飾技術を探しています。 等々
一昔前までは、このようなものは企業や製品の戦略に関わるものであり、今後の狙いや方向性が他社にわかってしまうということで、クローズドにされる傾向があったように思います。このニーズの開示も当初からやっていたのかわかりませんが、非常に先進的であるように感じました。
さらに、このサイトでは会員登録すれば「提案を行う」こともできるようです。P&Gでは、このような「オープン・イノベーション」を通じて2015年までに年間30億ドルの売上を目指すということです。
話を冒頭のNatureの記事に戻すと、ここでも幾つかの事例が紹介されていて、これまで消費財の世界よりも比較的クローズドだったと思われる製薬業界においても、「オープン・イノベーション」の手法が根付き始めている様子が見て取れます。ただし、創薬シーズの調達という限定された中でのコラボレーションではあります。
記事では、提携型と公募型の2パターンがあるという風に紹介されていますが、記事に「大学や公的研究機関の研究室のヒエラルキーを飛び越えて、若手研究者に直接コンタクトできる」とあるように、公募型に個人的には製薬業界ならではのユニークさを感じます。
※ちなみに記事で紹介されている主な各社公募システムは下記
開発期間は10 ~ 20年間、必要な投資は1 製品当たり500億~1000億円、その成功(上市される)確率は数千・数万に一つとも言われるリスクの一極集中が非常に危険な製薬業界で、これまでこのような手法があまり定着しなかったことがむしろ不思議ではあります。
製薬業界ではこれまで外部からのパイプライン・シーズの取り込みの手法としては、M&Aが主流だったように思いますが、よりバリューチェーンの上流に遡ってシーズ・知恵・リソースの争奪戦が行われているということの現われなのかもしれません。今後の展開が非常に楽しみです。
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