2011年9月12日月曜日

戦略の自由度 -米国製薬業界におけるフリーミアム戦略を例に-

定期購読誌の一つであるハーバードビジネスレビュー。9月号のテーマは『マーケティングを問い直す時』でした。その中に、『「FREE経済」の戦略』という論文があり、まあフリーミアム自体はさして新しくもないのですが、これを製薬業界、その中でも医療用医薬品の世界で実践しているというケースが収録されていたので、ご紹介。

ちなみに、ケースに出てくるガルデルマというのは、世界最大の食品会社ネスレと世界最大の化粧品会社ロレアルのジョイントベンチャーで、皮膚疾患に特化したスペシャリティ・ファーマ(特定分野における新薬開発メーカー)。この会社の出自自体もちょっとユニークで面白いのですが。
最近は、日本でも「ニキビは皮フ科へ」という、お笑いの柳原加奈子を起用した疾患啓発CMをしているみたいですね。

さて、以下が論文からのケースの抜粋。

2008年、ネスレとロレアルのジョイント・ベンチャーのスペシャリティ・ファーマ(特定分野における新薬開発メーカー)、ガルデルマは、アメリカで処方用にきびローションの<エピデュオ>を発売した。
自社の他のにきび治療薬<ベンザック>のアメリカでの特許が切れかかっていたため、ガルデルマはできるだけ早くアメリカで<エピデュオ>の市場シェアを確立する必要に迫られていた。しかしヨーロッパでは、この製品はグラクソ・スミスクラインのにきび治療用ジェル<デュアック>との激しい競争に直面していた。
アメリカでも同じ状況になると考えたガルデルマは、1年もの間、患者が<エピデュオ>を購入した際の自己負担分を払い戻すプログラムを実行することにした。顧客は、払い戻しクーポンと引き換えに、自分のeメール・アドレスを同社に教える。すると、スキン・ケアのヒントや、にきび関連情報、洗顔せっけんなどの一般製品の安売り情報が送られてくる。
市場シェア獲得のために新製品発売当初に思い切った払い戻しをするのは、製薬業界ではよくある戦略である。それなりのシェアを獲得すれば、その医薬品が健康保険の対象となるため、開発費を相殺し、特許が切れる前に利益を出すことができるからである。
しかし、既存の医薬品を販売している企業は、価格面でリスクを取るのを嫌うのが一般的である。原価計算システムと損益構造のせいで、多額の製品コストを回収すなければならないと考えてしまうのである。
このため、ガルデルマが<エピデュオ>の払い戻しプログラムをスタートさせた時、グラクソをはじめとする既存企業は何もできなかった。グラクソのある幹部は、私たちにこう語った。
「彼らには対抗できません。割引する余裕などほどんどないのです。だから、うちはシェアを失っています」
実際には、ローションやジェル一つの限界費用、すなわち材料費や人件費はごくわずか(数セントから数ドル)である。したがって、既存企業であるグラクソは、大幅な割引をしても、あういは、ガルデルマと同様に払い戻しをしても、短期的に失うものはないに等しかったはずである。
またグラクソは、ガルデルマと同じようにクロスセルを行うこともできただろうし、プロフィット・センターの壁を壊すことで、成功を収めている他製品の利益を使って皮膚科分野の短期的な損失を補うこともできただろう。
そうすれば、ガルデルマはシェアを伸ばすことができず、無料製品の提供を断念せざるをえなかったに違いない。この戦いはまだ続いているが、いまのところ、ガルデルマはその戦略によって顧客を獲得し、クロスセルで利益を上げている。


これは米国のケースですが、製薬業界、それも医療用医薬品でフリーミアムが実践されていることをはじめて知りました。このやり方には賛否両論ありそうですが、良し悪しは別にして、製薬業界にして自由度の高い戦略という意味で、非常に面白い取り組みです。

ご存知のように、日本では薬価制度や保険制度、あるいは患者への直接的なプロモーション方法の規制等により、このような取り組みを製薬企業は出来ないのが現状です。このケースの中だけに限っても、日本では、自由度高く価格を設定することもできませんし、皆保険なので民間保険が中心の米国のように医療経済性も考慮されませんし、患者に直接製品のプロモーションもできません。

このように、規制は戦略の自由度を大きく下げます。もちろん規制によって守られている部分も多いわけですが、一方で規制の議論ではそういったネガティブチェックばかりに目が行き、戦略の自由度によって得られる効用についてあまり議論がなされないように感じます。「じゃあ、いいんですね、こんな最悪なことが起こっても」というように、(生命関連であるがゆえになのか)思考停止になってしまうワードが投げかけられるわけです。

他にも、ヘルスケア業界には色々と規制が付きまといます。何をゴールにするかによってその判断は大きく変わるかとは思いますが、規制として必要なものとそうでないもの(効用と対比した時に外したほうがいいもの)を改めてゼロベースで峻別すべきなのではないかと思います。そうして、戦略の自由度を意識的に高められる人が本当のマーケターでありイノベーターなのでしょうね。

ちなみに、米国製薬業界におけるDTC広告(Direct to Consumers Advertisement)はこんなにも自由度高いんですよ。
米国における医療用医薬品の消費者向けダイレクト広告(DTC広告)

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