2011年8月28日日曜日

分析と直感のハイブリッド -東京大学i.schoolシンポジウム『ビジネスデザイナーの時代-デザイン思考をどう実践するか』に参加して- 

昨日、東京大学i.schoolのシンポジウム、『ビジネスデザイナーの時代-デザイン思考をどう実践するか』に行ってきました。

東京大学i.schoolとは、HPから引用すると、「東京大学知の構造化センターの実施する教育プログラムであり、知の構造化技術をイノベーション教育に活かすことを目指しています」ということで、今回のようなヒトやイノベーションにまつわるシンポジウムやワークショップを開催している比較的新しい取り組みのようです。
本シンポジウムの趣旨は、「デザイン思考(Design Thinking)」という言葉が近頃ビジネスの世界でも聞かれる中で、「デザイン思考」とはどのようなものなのか、「ビジネスデザイナー」とはどのような人を言うのか、どのように育成できるのか、といったことを考えるというものでした。

東京大学i.schoolとは
シンポジウムの概要はこちら>>『ビジネスデザイナーの時代-デザイン思考をどう実践するか』

■前半:Roger Martin教授による講演>「デザイン思考」について
シンポジウムは、トロント大学 ビジネススクール=ロットマン経営大学院の学長で、デザイン思考のオピニオンリーダーである、Roger Martin教授の講演から始まりました。デザイン思考とは何かということを、多くの例を用いて丁寧に解説をしてくれました。その講演はこのような質問から始まります。
自分の組織のイノベーションに満足している人はいますか?
過去の色々な講演での、この質問に対して手を挙げた人の割合は、毎回約5%程度だということです。では、なぜ組織はお金や時間、人をイノベーションにかけているのに、なぜこのような結果になるのでしょうか、ということがMartin教授の問いです。

Martin教授の答えは、組織の考え方が、「分析的思考(Analytical Thinking)」によって、「信頼性(Reliability)」を最大限高めようとする方向に偏りすぎているからである、というものだと理解しました。これだけではよくわからないので、自分なりの理解を書いてみたいと思います。

・分析的思考と直感的思考
思考には大きく2分類あり、それが「分析的思考(Analytical Thinking)」と「直感的思考(Intuitive Thinking)」です。それぞれは対立的に逆方向への目的を持っており、それぞれを突き詰めると、「信頼性(Reliability)」と「有効性(Validity)」が100%にまで高まると言います。

分析的思考は、定量化できるものに向いており、そのため再現性が非常に高い思考法です。さらに分析というものは過去を対象にしていますので、ものごとの信頼性を非常に高めるものであると言えます。
一方で、我々がビジネスを行う上で知りたいことは過去のことでしょうか。過去を知るということは、あくまでも良い将来を作り上げるための一つの手段であり、本当はものごとの有効性を高める何かが欲しいということであると思います。有効性という言葉が正直個人的にはわかりにくかったのですが、言い換えるなら、「成果のインパクト」とか「実効性」といったところでしょうか。

いずれにしても、マーケットリサーチ等を通じて分析をひたすら続けても、信頼性は高まりこそすれ、有効性(成果のインパクト)は必ずしも高まらないということになります。

・ハイブリッドとしてのデザイン思考
この分析的思考と直感的思考をブリッジするもの(重ねたもの)が、「デザイン思考(Design Thinking)」であるとMartin教授は言います。そしてイノベーションというものは、分析的思考と直感的思考、それぞれを単独で最大限に高めたところで生まれるものではなく(それれは、ただの分析と妄想)、この2つが交わるデザイン思考において、その成果が最大化されるということです。

信頼性を分析で最大限に追求したところで、クリエイティビティやアイデアのインパクトという面で行き詰まり、有効性を直感で最大限に追求したところで、それは誰にも理解できない妄想となり組織において受け入れられないということでしょうか。

・イノベーションに実証を求めてはいけない
Martin教授によると、今の組織をリードする層には、この信頼性を高める分析的思考に寄った人間が多いと言います。これは個人的な感覚値にも合います。このように分析に慣れている人が言ってしまいがちなことが、「実証(Prove)してみろ」ということです。これは過去を分析する中では適切な要求なのかもしれませんが、まだ起こっていないイノベーションを考える際には不適切な要求となります。

この問いがイノベーションを妨げる大きな障壁となっていると言います。(一方で、いくら起こってはいないことでも、論理的に説明する責任はあるという言及もありました)

・分析的思考への偏りがもたらす弊害
現実問題として、分析的思考だけではイノベーションを起こすことはできない、という例として、サブウェイがマクドナルドを抜いて店舗数世界一になった(売上はマクドナルドがまだ上)、というケースが紹介されました。
サンドイッチのサブウェイ、世界店舗数でマクドナルド抜く

店舗数で全てが測れるということではありませんが、一つの側面として、もし分析的思考がイノベーションを導くことができるのであれば、既存のビジネスの中で膨大なデータを抱えているマクドナルドの方がより消費者の心と財布を掴み、より出店を加速させる次の一手を導き出すことができたはずということです。

Martin教授は、「謎(Mystery)」⇒「経験則(Heuristic)」⇒「方程式(Algorithm)」というビジネスにおける段階を示されていました。この流れで言うと、分析的な思考にはまってしまった企業は、一度作られたこの方程式に拘泥され、そのルールの中での分析に終始してしまうということになります。デザイン思考をするということは、過去にとらわれることなく、新しい謎に挑み、新しい方程式(ルール)を導き出すということです。これがあるからイノベーションを起こせるというわけです。

以上が、「イノベーションがなぜ起こりにくいのか」という問いに対しては、「組織の考え方が、分析的思考によって、信頼性を最大限高めようとする方向に偏りすぎているからである」という答えになる、自分なりの理解です。


■後半:パネルディスカッション>「ビジネスデザイナー」とは
後半は、Roger Martin教授に加えて、デザインコンサルティングカンパニーZibaの濱口氏と、i.schoolのディレクターお二人が参加され、「ビジネスデザイナー」の定義について、パネルディスカッションが行われました。
本旨とは関係ないですが、このZiba(初めて知ったのですが、かの有名なIDEOのコンペティターとのことです)の濱口氏が面白い。デザインコンサルティング系の人って魅力的な人が多いと感じます。
IDEO
Ziba

で、「ビジネスデザイナー」というのは新しい概念であるというお話でした。
企業の人に「おたくはビジネスデザインはやっていますか?」と聞けば、大方「ええ、やってます」と返ってくるはず。ただ「では、ビジネスデザイナーとはどのような人ですか?おたくではどこの部署の誰ですか?」と聞くと、「わかりません」と返ってくることが多いのではないかということ。それだけ新しい概念であり、まだ定まっていない考え方ということです。

濱口氏が言っていたのが、「デザインとはSiftを生み出すこと」ということ。そういう意味では組織の中にあらゆるデザインがありうるわけです。特に産業社会から情報社会になり(ちょっと古いですが)、組織の中でこのSiftを生み出せる幅が広がり、従来はプロダクトデザイナーくらいだったデザイナーという言葉の利用領域が、テクノロジー、ブランド、カスタマーエクスペリエンス、とどんどん広がってきているということです。

これは何を意味するかというと、組織の中にSiftが同時多発的に起こるようになり、その点と点をつなぎIntegrationする役割が必要になるということです。これが「ビジネスデザイナー」の役割であるということが語られていました。

正直バクとしている印象ではあります。ここは今まさに走りながら、その領域を開拓し手本を示す人、その人のあり方自体が定義になっていくということなんだと思います。

同じく濱口氏は下記のような趣旨のことをおっしゃってセッションを締められていました。非常に印象に残っています。(筆者意訳)
先ほどの「謎(Mystery)」⇒「経験則(Heuristic)」⇒「方程式(Algorithm)」という文脈で言うと、ビジネスデザイナーは「謎」の段階は終え、今は「経験則」の段階にいる。みんな「方程式」の段階になってからやっと入ってくる。それでは遅い、今が面白い時です。


ちょっと長くなってしまったので、この辺でやめておきます。。
非常に自分の感覚値にあう話でした。色々とヒントをいただいたので、自分の実践の中で「デザイン思考」や「ビジネスデザイナー」について取り入れてみて、咀嚼してみたいと思います。

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