2011年8月31日水曜日

スタートラインに辿り着く -ペン・シャープナーを持つ-

来週に控えている会議に向けて企画書を書き始めるとき、明日までに何かアイデアを出さなくてはいけないとき、勉強するテキストに向かうとき、何か気持ちが乗らず最初の一歩がなかなか踏み出せないときがあります。マインドセットができていないのか、集中できない場所で作業を始めようとしているからなのか、体調が悪いのか、何かしら一歩を踏み出すための準備が不足しているのでしょう。自分のことを振り返ってみると、やる・やろうと思っていたのにまだスタートを切れていないことも多くて、これまで、やろうとしたことやアイデアを出せば前に進められたことを、どれだけ棒に振ってきているでしょう。

確かに、作業の途中で、行き詰ることも、息切れすることもあるのですが、始めれば大抵走り切ることができるものです。当然、その良し悪しはあるのですが、物理と同じで、良し悪し(質の高低)は、出だしの初速や、スタート地点の高さで決まってきたりします。要は、スタートを切れるか、そしてそのスタートの質を高められるかが、その後の成否を左右する部分は大きいと思うのです。

と、そんなことを考えていたら、「最後までやり遂げる」というメルマガ記事が回ってきました(逆説的なタイトルですが)。その中に下記のような面白い記述がありましたので、ご紹介します。

サハラマラソンは、サハラ砂漠を7日間かけて合計250km走るという「地球上で最も過酷なレース」と言われている競技です。
(中略)競技者は、7日分の食料や飲み物、寝袋、炊事道具、衣服など合計約20kgの荷物を背負いながら、昼間は50度近くの気温になるサハラ砂漠を走り続けるのです。

1986年に第1回が開催され、第26回目の2011年は42ヶ国から868名の参加があったそうです。
競技中に命を落とす人も出るほどの過酷さで、毎年、全競技者の1割以上が途中でリタイヤしてしまいます。
しかし、驚くべきことに、スタート前にキャンセルする人の数は、レース中にリタイヤする人の数の10倍もいるそうです。

大雑把に計算すると、
申し込んだ人のうち、実際にスタートする人は約5割。
スタートした人のうち、完走する人は約9割。

この数字だけを見ると、「スタートからゴールにたどり着く」ことよりも、「まずスタートラインまでたどり着く」ことのほうがはるかに難しいことが分かります。
この超過酷な鉄人レースを日常生活と重ねるのはどうかというところはありますが、このスタートラインに辿り着けなかった人たちの理由に興味が湧いてきます。これだけのレースにエントリーするのですから、ある程度の能力や知識、経験は持ち合わせている人たちのはず。そう考えると、物理的に準備に時間を割けなかったからコンディションが整わなかったということもあるかもしれませんが、自信を持って万全であると臨めるほど準備をできていないかもしれない、といったようなマインドセットの部分でスタートラインに辿り着けなかったケースが多いのではないかと推測します。(基本的な力が高水準な人たちが)万全という基準がない中で準備を万全にするということは、結局マインドの面が大きいようにも思うのです。

よく聞く話ですが、同じように、作家の世界でもなかなか筆が進まない、というより筆を持つ気になれない、ということはよくあるようです。そんな時、自分に筆を持たせ原稿用紙に向かわせるものを「ペン・シャープナー」と言うのだそうです。以下は、『調べる技術・書く技術』(野村進)からの抜粋。
もうひとつ集中の儀式に役立つ材料に、「ペン・シャープナー」というものがある。英語で記すと、pen-sharpener、つまりペン先を鋭くさせるものという意味である。
いったい何のことかと思われるだろうが、ペン・シャープナーとは、文章のカンを鈍らせないために読む本や、原稿を書く前に読むお気に入りの文章だ。
(中略)執筆の前には、この(ペン・シャープナー)手帳を好きなところから広げて読みはじめる。すると、気持ちが徐々に書こうという方向に高まっていく。その瞬間を逃さずに書き始めるのがコツだ。

また、作家の宇野千代は、このように言っているといいます。(『私の文章修行』より)
毎日書くのだ。(中略)書けるときに書き、書けないときに休むというのではない。書けない、と思うときにも、机の前に座るのだ。すると、ついさっきまで、今日は一字も書けない、と思った筈なのに、ほんの少し、行く手が見えるような気がするから不思議である。書くことが大切なのではない。机の前に座ることが大切なのである。机の前に座って、ペンを握り、さあ書く、と言う姿勢をとることが大切なのである。自分をだますことだ。自分は書ける、と思うことだ。

正直ここまでストイックにはなれないのですが(笑)、そして個人的にはそこまで精神論は好きではないのですが、スタートラインに辿り着くための自分なりの術(ペン・シャープナー)は持っておいたほうがいいのだろうな、と思います。確かに、何かふとスイッチが入る瞬間というものは、それぞれにあるはずです。

また、これは日常の仕事ややるべきことだけに留まらず、もっと大きな自分の中で温めていることのスタートをいつ切るのか、というところにも繋がってくるのかもしれません。100%万全な準備、というものはない。スタートラインに辿り着かずに終わる、ということだけはないようにしたいものです。

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