2012年4月19日木曜日

デザインが直面している変化 -i.school春のシンポジウム「融合するデザイン」に参加して-


少し時間が経ってしまいましたが、先日、東京大学のイノベーション教育のプログラムであるi.schoolのシンポジウム「融合するデザイン」に参加してきました。シンポジウムは、LG Electronicsデザインセンター長のKun-Pyo Lee氏の基調講演と、ナレッジマネジメントの第一人者である紺野登教授ら複数名の識者のパネルディスカッションが中心の構成でした。

全体を通して、特にLee氏の講演が興味深かったです。最近LGをはじめとした韓国企業は、ブランド力で欧米では上位常連になっていたり、デザイン・技術の面でもリーディングカンパニーになりつつありますが(なってる?)、そのデザイン戦略・思想の一端を垣間見ることができました。ちなみに、LGと言えば、最近この「曲がる電子ペーパーディスプレイ」が話題になりましたね。

氏の講演の中で私が特に興味深いと思った点は、元来デザインを生業にする人たちの中にあるデザインの定義や役割の変化に対する問題意識の存在です。ビジネスにおけるデザインやデザイン・シンキングの重要性がホットになってきていて、職業的デザイナーではない人たちのデザインに対する関心・理解は広がってきている一方で、このような危機感が生まれているということは新鮮でした。

具体的には、「What?(何をデザインするのか)」「by Whom/for Whom?(誰が誰のためにデザインするのか)」という2点についての問題意識が強いという印象を受けました。
(Lee氏が直接的にWhatとWhomに問題意識があるとおっしゃっていた訳ではないので、念のため)

・何をデザインするのか(What)
一言で言うと、従来型のプロダクトデザインの領域におけるデザインの余地が減ってきているという問題意識です。Lee氏は"form is disappearing"という表現を使われていました。

冗談交じりに言われていたのが、「スマートフォンのデザインの余地は背面にしかなくなってきている」というもの。確かに「スマートフォン」で画像検索するとどれも似たようなフェイスですし、薄くなっているので側面にもデザインの余地はなく、UX(ユーザー・エクスペリエンス)もアンドロイド等のOSの制約を大きく受けるため自由度はそこまで高くないということです。

また、テレビも自立型から壁掛けになりデザインできる部分が少なくなり、さらに超薄化が進むと、究極は壁に引っ掛ける電子ペーパーのようになってしまうのではないかと。このCMは現在のテレビを象徴していますね。

Thief Cleverly Steals a Thin LG Television

・誰が誰のためにデザインするのか(by Whom/for Whom)
こちらは"users are getting bigger"という表現を使われていましたが、デザインする人とされる人の役割や関係がどんどん変化してきているというお話でした。ユーザー(もはや単なるユーザーとも言えない)の声が大きくなってきていて、デザイナーが推し出すデザインで簡単に満足して従うような状況ではなくなってきたと言います。

デザインする人とされる人の関係性や役割は、時系列で下記のような変遷を遂げているとLee氏は表現されていました。(左がサプライサイド、右がデマンドサイド)

・1950年代以前
craftsmen(職人)-neighbors(隣人)
職人がよく見知った隣人にテーラーメードしていた時代
・1950年代~1970年代
expert stylist(エキスパート・スタイリスト)-consumer(消費者)
その道のエキスパートが「これだっ」と提示したものを消費していた時代
・1980年代~1990年代
observer(観察者)-user(ユーザー)
実際にモノを使う人をしっかりと観察し、そのニーズに見合ったものを提供していた時代
・2000年代以降
facilitator(ファシリテーター)-participants(参加者)
モノを使う人がそのデザインプロセスにも参加し自分のほしいモノに関与する時代

一方的にサプライサイドから出ていた左から右の矢印(→)が、デマンドサイドのニーズを吸い上げる矢印(←)になり、さらには参加型ということで相互的な矢印(⇔)になってきています。デザインへの発言力というパワーバランスの意味でも、実際にアイデアを出す役割という貢献度の意味でも、デザインが「誰によって」「誰のために」されるのかという2つの「誰」の主体が両者とも徐々にデマンドサイドに移っていることがわかります。極端に言うと、使う人が自分が使うためにデザインする、というような世界でしょうか。

・これからのデザインは(What/Whom)
では、「これから」はどうなるのか(なるべきか)。デザイナーは何をする人になっていくのか。

まず、WhatについてLee氏は、LGの一つの戦略として「融合(convergence)」を掲げておられました。Whatの一つの選択肢として、iPhoneのようにまったく新たなデバイスやインターフェースを創造するという選択肢もありますが、事業コングロマリットのLGとしては色々なデバイスやメディアを通じてユーザーの持つ情報や生活シーンをシームレスにつなぎ、より快適な生活をプロデュースするという点をコアとしていきたいというお話でした。
(ここは正直どこのメーカーも言っているような話なので、あれ急に普通な話になった??な感じでしたが。。)

また、Whomについては、これからのデザイナーは「frameworker(フレームワーカー)」であるとおっしゃっていました。キーワードは、「Crowd」「Collective」「Open」。Wikipediaやオープンソース(Linux等)、アイデアコンテストのように、ユーザー群の知恵を汲み上げる枠組みをデザインできる人が、これからのデザイナーだという話です。

少し話がそれますが、IDEOのCEOティム・ブラウン氏が最近の講演動画で、同様の趣旨のことが話されていました。ユーザーとの関係が「for」から「with」そして「by」になってきているという話です。「OpenIDEO」というユーザー主導のイノベーションプログラムもこの流れですね。また、Paul Saffoという人の言葉として、19世紀は「the industrial economy」、20世紀は「the consumer economy」、そして21世紀は「the creator economy」という言葉も紹介されていました。これは職業としてのクリエイターの時代ということではなく、万人がクリエイターであるという意味合いです。

この動画、もしよければ下記よりどうぞ。40分弱と少し長め。

Tim Brown presentation

・デザインはなぜ変化に直面しているのか
ここは講演で言われていたことではありませんが、なぜ今デザインにおけるWhatとWhomが変化に直面しているのかを考えてみると、逆説的ですが、デザインへの理解が広がってきているということが背景にあるように思います。つまり、「Why?(なぜデザインなのか)」「How?(デザインとはどのようなものか)」についての理解の広がりです。

WhyとHowについての理解が広がると、なぜWhatとWhomが変化に直面するのか。単純化して言うと、下記のような構造だと思います。

・WhyがWhatの変化をもたらす
デザインの意味や重要性が理解されると、デザインにはより本質的な役割(問題解決)が求められるようになります。表面的あるいはギミック的なデザインは淘汰され、何をデザインすべきなのかが本質的な問題として浮上してくるように思います。

・HowがWhomの変化をもたらす
デザインの方法論がより一般的になると、技術としてのデザインがいわゆるコモディティ化し、デザインを担う(あるいは理解する)人の幅が広がるように思います。

上流のWhyと下流のHowが、中間のWhatとWhomをサンドイッチしているような感じ。デザインの意義が理解され、より一般的になるにつれ、デザインの再定義の流れが加速するということは非常に面白い現象だと思います。デザイナーあるいはデザインがこれまでの役割やスコープに留まると恐らくデザインはコモディティ化してくるでしょうし、一方で、デザインが新しいステージに進む一つの機会・転機でもあるかと思います。

最後にLee氏が引用されていた進化論のダーウィンが言ったとされる有名な言葉を。(ダーウィンが言った訳ではないという説もあるらしいですが。。)
”It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent, but the one most responsive to change.”
「この世に生き残るものは、最も力の強いものでも、最も頭のいいものでもなく、変化に対応できる生き物だ」

2012年4月15日日曜日

未来のためのデザイン -「信じられるデザイン」展を鑑賞して-




昨日、ミッドタウンで開催されている「信じられるデザイン」展に行ってきました。
「信じられるデザインとはどのようなものでしょうか?
  そのデザインはなぜ信用できるのでしょうか?」
この問いに対して、デザインに関わりのある51名のクリエイターが、それぞれの解釈をメッセージとして寄せ、合わせて「信じられるデザイン」であるモノ・コトを一つピックアップして紹介するという内容。

多くのクリエイターの方が、「信じられるデザイン」として、「安心安全なもの」「愛着のあるもの」「定番なもの」「堅牢なもの」を挙げられていました(私の印象です)。例えば、日本の新幹線のシステム、日本メーカーのウォシュレットトイレ・体温計、昔から使っている茶碗、といったものです。たまたまでしょうが、(確か新幹線など)1つのものを2人以上がピックアップしていたケースもありました。

そんな中で、興味深い解釈をされていたのが、デザイン・コンサルティング会社Zibaのディレクター濱口氏のパネル。この方、以前このブログで論文を取り上げさせていただいた方です。実は今回見に行ったのも濱口氏がきっと新しい視点をくれるに違いないと直感的に思っていたから。

引用していいのかどうかわからないけど、パネルに書かれていた一部を抜粋。肝心のじゃあ何(モノ・コト)が「信じられるデザイン」なのという部分は直接会場に足を運んでご覧になってください。
「信じる」ということは、「信頼する・信用する・安心する」とはずいぶん違う。そもそも、確かなことや正しいことは信じなくてよい。実は「ふつうのモノ」や「かんぜんなモノ」ではなく、どこか未完成で、もしかすると裏切りがあるかもしれない「あやういモノ」こそが信じる対象となる。例えば、我々の未来はあやういからこそ信じたい。 
「信じる」には理由を超えた意思決定がなければならない。そしてそこには自由がある。敢えてあやうさを選ぶ自由。裏切られる自由。自らが失敗する自由。あやうさの先を夢見る自由。つまるところ信じられるデザインとは、ヒト・モノお互いのあやうさの上に成り立つ自由と緊張なのだと思う。 
だから「信じられるデザイン」とは「裏切られてもいいデザイン」「あやうさのデザイン」である。

「信じられる」のは「あやういモノ」であるからであるとの解釈、大変面白く思いました。他の方のほとんどがまさに「ふつうのモノ」「かんぜんなモノ」を取り上げられていたので、その対比が非常に印象的でした。

私はデザインの人ではないので偉そうなことは言えないですが、デザインとは未来を創るためのものだし、常に進化するし、完成などない。また、「信じる」という意思には使う人のモノ・コトへの能動的な関与があります(安心安全や定番はある意味で受動的です)。使う人も一体となったデザインとでも言うのでしょうか。そう考えると、濱口氏の言う「信じられるデザイン」はデザインの本質であるように思えます。

実験精神/未来志向の精神/リスク(あやうさ)に対峙する精神の大切さを改めて思い、刺激をいただきました。他にも色々な解釈がありましたので、一度見に行かれてはどうでしょうか。


2012年4月9日月曜日

プロセスの落とし穴 -プロセスはイノベーションを促すか、妨げるか-


私が気にしているからかも知れませんが、いろいろな記事で、デザイン、デザイン・シンキング、ユーザー中心のアプローチといった新しいイノベーションの方法論についての論稿をよく見かけるようになりました。当然ながら企業で新しい事業や仕掛けを検討している人たちもその重要性に気付き始めているのではないかと思います。

下記の記事では、企業は非常に整ったプロセスが好きであり、それなりのお金をかけてしっかりとしたプロセスを用意すれば、まるでトーストでパンが焼けるように6ヵ月後には業界のゲームを変えるイノベーションが生まれていると考えがちではないかという問題提起がされています。

The Seven Deadly Sins That Choke Out Innovation

こぎれいなプロセスを用意しそれに従いさえすればイノベーションは創造できるか。答えは、もちろん「No」です。私もよくやりがちなのですが、新しい考えややり方を学習する際に、どうしてもプロセスの理解や整理から入ってしまうところがあります。イノベーションを促すはずのプロセスが逆にイノベーションを妨げることさえあるとして、この記事では、IDEOのニューヨーク責任者Ryan Jacoby氏の講演より、こういったプロセスを重視しすぎた場合に陥りがちな7つの罠を紹介しています。まずは簡単に引用。
1: THINKING THE ANSWER IS IN HERE, RATHER THAN OUT THERE:答えは「あっち」ではなく「こっち」にあると考える
「我々は机とメールに囚われているが、ブラックベリーからはイノベーションは生まれてこない」と。オフィスを出て予期せぬ場所からのイノベーションにオープンになるべきであると言い、Jacoby氏は毎日の通勤路で写真を撮ることを課しているそう。 
2: TALKING ABOUT IT RATHER THAN BUILDING IT:「作る」よりも「協議する」
1に関連して、我々は会議・メモ・ディスカッションの世界に生きていて、これらは往々にして何か行動をすることを妨げると。作ってみること、そこから生まれる(洗練されていないかもしれない)プロトタイプはチームをモチベートしいつもと異なった思考を行うことを促すと言います。 
3: EXECUTING WHEN WE SHOULD BE EXPLORING:「探索」すべき時に「実行」する
これもその名の通りで、まだ探索をすべき早すぎる段階で、プロジェクトの方向性の確定を行ってしまうマネジメントが行われがちと言います。 
4: BEING SMART:スマートであろうとする
イノベーションとはまだこの世に見ない新しいアイデアであるため、誤りを恐れていてはイノベーションを導くことはできないという話。 
5: BEING IMPATIENT FOR THE WRONG THINGS:誤りを受け止められない
イノベーションは時間がかかるが、エグゼクティブは往々にして早すぎるタイミングで非現実的な成果を求めがちと言います。 
6: CONFUSING CROSS-FUNCTIONALITY WITH DIVERSE VIEWPOINTS:多様性を目的にしたクロスファンクショナルチームへの戸惑い
「多様性がイノベーションの鍵」と。ただそれは単純にいくつかの機能を寄せ集めるという通常企業が行うクロスファンクションとは異なるため、そこに戸惑いが生じやすいと言います。 
7: BELIEVING PROCESS WILL SAVE YOU:プロセスがあれば大丈夫と信じる
イノベーション戦略を簡単に買うことはできないし、例え何か目に見える製品を生み出すことができたとしてもそのプロセスが成功を保証するわけでもない。プロセスを学び、プロセスを実行し、そのプロセスの中で(イノベーションを)リードするしかないと言います。

なるほど、確かにありそうな罠です。教科書を用意したら逆に教科書通りに進まないといったような感じです。イノベーションのプロセスを用意したのに、それが逆にイノベーションを妨げていると。

では、なぜこのようなことが起こってしまうのでしょうか。私は下記のような要因があるのではないかと思います。
・これまでのやり方に同質化する
プロセスに落とし込もうとすると、結局これまでと同じような発想で、会議体を設定して、議論・合意して、実行して、振り返るために会議体を設定して・・・と既存のレールの上にパーツを置いてしまう。結果何も変わらないプロセスが出来上がってしまうというオチ。 
・表面だけなぞって「それやってる」感が生まれる
デザイン・シンキングと言うと響きは新しいですが、プロセスとして教科書的になり、要素だけをかいつまんで表面をなぞれば、これまで自分たちがやってきたことと対して変わらないじゃないかという話が出てきそうです。例えば、人間中心って現場主義・顧客主義と何が違うの?プロトタイプってやってるよ?みたいな。既存の何かに置き換えてしまうという現象。 
・プロセスに従うことが目的化する
未知な領域、取り組みだからこそプロセスに助けてもらう意義も大きいのですが、逆に言うと、よくわからないことに取り組んでいるので目の前にあるプロセスに固執しこれに従うことが目的化してしまうリスクあり。 
・プロセスが正しい=結果が伴う、という等式が前提になる
プロセスに従えば結果が伴うというある種の信頼感(甘え?)によって、そこに生まれる混沌や誤りを受け止められない、ということが起こりうる。誤りや失敗から学ぶことが重要なのですが。 
・他から学習すること、疑うことが止まる
本来、プロセスはマニュアルではないので、それをベースに実践をしながらも、他から学習し、疑い、改善や実践に適応した形にアレンジしていくもの。現実は、プロセスになっていないこと=悪・ルール違反、といった誤った認識が生まれがち。

他にもあるかもしれません。いずれも、ものごとの本質を理解せずに、また実践を通じた実感値として腹に落とさずに、一足飛びにプロセスに落とし込んだ(本質を理解しない人たちにプロセスに従わせた)瞬間に起こりうる現象かと思います。

これらは、組織にイノベーションを根付かせる際の壁についての議論のように見えますが、個人が身近なところで新しいことを発想したり実行に移したりする際にも当てはまること。プロセス思考の気のある自分に自戒の意味を込めて。このブログもそうならないようにしないと。。

2012年3月29日木曜日

企業の存在証明 -リサーチ会社はリサーチを使って意思決定しているのか-


突然ですが、もしもこんな会社に営業されたらどうですか?
  • 自動車の営業マンがプライベートではマイカーを持っていない
  • 生命保険の販売員が生命保険に入っていない
  • 新聞社に勤めているのに自宅では新聞をとっていない

このようなことが実際にあるのかどうかは知らないですが、仮にそのような実態があるということをお客さんが知ったら、きっとその会社の商品・サービスを買うのを躊躇してしまうのではないでしょうか。自社の商品・サービスを実際に使い、その利用価値や使い勝手に精通しているということがその企業の存在証明の大事な一つかと思います。まずは自分たちからということで、自社の製品・サービスについてその効果を身を持って示さないと、お客さんからの信頼や共感は得られないでしょう。

・リサーチサービスの企画にリサーチは活用されているのか
翻って、リサーチ会社はどうでしょうか。つまり、「リサーチ会社はリサーチを使って意思決定しているのか」という疑問です。例えば、リサーチ会社はどのようにして新しいサービスを企画・開発しているのか。

ところで、企画の世界では、新しいサービスを企画する際にリサーチを活用できるかどうかという是非論はよく聞かれる話で、以下の故スティーブ・ジョブスの言葉が有名です。
「「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。僕の考え方は違う。顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ。ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。「なにが欲しいかと顧客にたずねていたら、『足が速い馬』と言われたはずだ」って。欲しいモノを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからないんだ。だから僕は市場調査に頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを読み取るのが僕らの仕事なんだ。」
「アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うかい?」

これ、リサーチ会社が「いや、その通り。うちのサービス企画は基本的にトップの発案ベースか、もしくは懇意なクライアントのニーズドリブンで作ってみる感じ。それが他にも売れればめっけもんという感じですかね」という感じだったらどうでしょうか。これはある種の自己否定であり、クライアントもそのような会社からはリサーチをお願いしたいとは思わないでしょう。

また、リサーチの是非論に対抗すべく、独自性が高く競合優位なサービスが「リサーチの活用」で見出せると言うならば、リサーチ会社のサービスはもっと多様に各社個性のあるラインナップになっても良いはずではないでしょうか。こう言ってはあれですが、各社似たようなサービスばかりのような気がするようなしないような。。

・リサーチ会社の経営におけるリサーチ活用の実態は
上記では例としてリサーチを用いた新サービスの企画を取り上げましたが、他にも、下記のような目的・用途で、自社サービスをクライアントに対して営業したり、コンセプトとして打ち出したりしていると思います。それぞれ翻ってリサーチ会社は自社の戦略立案、意思決定にはどの程度活用できているのでしょうか。そしてそれをケースとして紹介できているのでしょうか。
  • 【 サービスの企画 】
    社内企画部署での机上の議論だけに閉じて企画をやってないか?懇意にしているクライアントの声だけ聞いてないか?
  • 【 サービスの仮説検証・改善 】
    新しいサービス企画を世に出す前に仮説検証はされているか?あるいは定点的に検証・改善を行うためのモニタリングをできているか?
  • 【 サービスの本質的な見直し 】
    営業的なヒアリングに基づく「オペレーションの改善」だけではなく、何かしらの調査に基づく「バリュープロポジションの見直し」はされているか?
  • 【 定量的な市場把握 】
    経営計画という側面では当然「リサーチ市場」の規模をばっくりと把握はしていると思うが、個別のサービスライン毎に市場規模や展望を定量的に把握できているか?
    (例えば、定量/定性調査の市場規模を営業マンに聞いて答えられる人はどれくらいいるのだろう。。)
  • 【 顧客の声の傾聴 】
    顧客の声を多面的に拾う仕組みはどの程度整っているのか?
    (現状は営業が聞くくらい、あるいはCS調査くらいか?ソーシャルメディアやコミュニティを使った傾聴だと言って、自分たちは何かやっているか?)
  • 【 その他(Co-creation、Ideation等)】
    「客とともに創る」「オープンイノベーションを行う」といった新しい声の拾い方・活用の仕方にチャレンジしているのか?

上記、実情がわからず書いていますが、実際どうなのかなと。

・自社品・サービスを活用した場合のアウトカム見える化が求められている
こういう話をしていると、「自分が一消費者でもあるB2Cと、法人相手のB2Bは違うんだよ」という声もありそうではあります。

しかし、例えばB2Bの典型である材料メーカーでも、その材料がどのように有用なのか、どのような完成品への応用があるのか、完成品の試作に乗り出すということをやっているようです。このように、自社がまずは自社品・サービス活用の実践者になり、活用すればどのようなアウトカムが期待できるのかという実践例を提示することへの要請は強くなってきているように思います。

例)東レ、炭素繊維を使った次世代型EV試作 4割超の軽量化実現


リサーチも守備範囲が広くなり、また従来型リサーチはどうなのかという疑問の声も挙がりつつある中で、その目的や用途に応じた実践例の提示が求められているように思います。リサーチ会社は、企業レベルで「何をやるか」の検討に、リサーチの活用を進めるべきではないでしょうか。そこで何か新しい方向性を見出せるのであれば、クライアントもリサーチの効用を理解するに違いありません。

2012年3月22日木曜日

ビジネスにもアジャイルという方法を -誤りや変化を歓迎する方法論-


前回のエントリに続いて『Subject To Change ―予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る』から、ソフトウェア開発の考え方の一つである「アジャイルアプローチ」というものを取り上げます。ちなみに、アジャイルとは素早い、機敏な、という意味。

・アジャイルアプローチとは
従来のメインストリームであった方法論は、開発がまるで滝が流れ落ちるように分析から設計・実装・テスト・リリース・保守と逐次的に段階的に進められることから、「ウォーターフォールアプローチ」と言われ、基本的には開発は当初の計画に忠実に、作業はしっかりと分業され整然と進められるという前提に立っています。一方で、「アジャイルアプローチ」は、全てのことを予測できるわけではないし普遍であることはなく(変化する)、その状況に応じた修正を顧客を巻き込みながら進めるべきという前提に立った方法論です。

その哲学・価値観は下記の「アジャイルソフトウェア開発宣言」として明文化されています。

アジャイルソフトウェア開発宣言

私たちは、ソフトウェア開発の実践
あるいは実践を手助けをする活動を通じて、
よりよい開発方法を見つけだそうとしている。
この活動を通して、私たちは以下の価値に至った。

プロセスやツール よりも 個人と対話を、
包括的なドキュメント よりも 動くソフトウェアを、
契約交渉 よりも 顧客との協調を、
計画に従うこと よりも 変化への対応を、

価値とする。
すなわち、左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。

また、アジャイルアプローチで重視される方策は下記のようなものです。

  • 反復重視のプロセス。開発を通じてのみ見えてくるニーズにすばやく適応する比較的短期の開発サイクルから成る。
  • 顧客を開発プロセスに引き込む。
  • 物事を正すことを評価する。すなわち早い時期に確実に、基本的な誤りや非効率の長期化や再発を防ぐ行動を評価する。


・アジャイルのビジネスへの応用
少し前置きが長くなりましたが、アジャイルはあくまでもソフトウェア開発において提唱されたものではあるものの、これからのビジネスにも大いに参考になる指針であるように思います。例えば何かの製品やサービスを企画するといった場合、特に下記の点で参考にすべき点は大きいのではないでしょうか。

①変化を前提に柔軟に動ける
変化を前提としたアジャイルの考え方はビジネスにも有効です。ソフトウェアが変化にされされているのであれば、当然その上位概念であるビジネスにおいても日々変化に目を向ける必要があります。事業の「ピボット」(方向転換)という考え方も最近はよく言われますが、ビジネス環境やトレンドに変化が大きく、顧客の趣向の様々という場合、変化を前提にしながら仮説検証を高速に繰り返すモデルは親和性があります。

②失敗を歓迎することができる(ポジティブに生かす)
従来型の開発では、誤りはエラーだと捉えられるため、それが有用な発見であるという考えはなされにくい状況でした。考えてみれば、プロジェクト開始後1年や2年経ってから、アプローチの基本的な部分に欠陥があるということは認めたくないのも当然です。そのため、下記図(本書より)のようにプロジェクトの環境への順応性は時間が経過するにつれ大きく乖離していきます。ただ失敗は市場からの貴重なフィードバックです。その意味では、効率性や費用効果という意味でも昨今の環境においては有効な手段であると考えられています。

③デザイン・シンキングにフィットする
このアジャイルという考え方は、「人間中心のデザイン」「デザイン・シンキング」といった今後のビジネスで重要になってくるであろうコンセプトにすごく親和性があるように思います。例えば、以前のエントリで引用したIDEOのCEOティム・ブラウンのこの考え方。
中心にいるのは人間であるということである。したがって、最善のアイデアと究極の解決策を見出すには、人間中心で、創造的でしつこく繰り返す、実用的なアプローチが必要である。そのようなアプローチこそ、イノベーションにデザイン思考を生かすことにほかならない。

デザイン・シンキングで重要となってくるブレストやプロトタイプ、ユーザー視点といったところが、上記の宣言の価値観に符合します。ここでは同じくIDEOのCEOティム・ブラウンが、TED講演で挙げたビジネスにおいてデザインを取り入れるための3つのキーコンセプトを引用します。

  • Exploration : Go for quantityブレスト >>対話の重視
  • Building : Think with your handsプロトタイプ >>ソフトウェアが動くことを重視
  • Role play : Act it outユーザー視点 >>顧客との協調を重視

上記の3つのコンセプトは線形ではなく繰り返すことに意味があるという考え方ですので、アジャイルの「変化への対応」というところも一致するものと思います。

このアジャイル的な考え方が実践されている一つの例として、最近記事で見たアップルのデザイン責任者ジョナサン・アイヴの下記の言葉。「デザインしながら、プロトタイピングしながら、作っていく」という言葉はまさにデザイン・シンキング的でありアジャイル的です。(当社がどう考えているのかは知りませんが)
Q: What makes design different at Apple? 
A: We struggle with the right words to describe the design process at Apple, but it is very much about designing and prototyping and making. When you separate those, I think the final result suffers. ...
※引用元:Sir Jonathan Ive: Knighted for services to ideas and innovation

・アジャイルを取り入れるにあたり気をつけたいこと
注意するべきは、宣言にも「左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく」とあるように、アジャイルかウォーターフォールかという二元論ではないということです。当然手続き論としてウォーターフォール的なアプローチの有効性もあるでしょうし、予測できる部分はオペレーティブに粛々とやり切るということは依然として重要です。

また、このアジャイル的な仕事のやり方、一見サクっと作って顧客にフィードバックもらって修正して・・・というように軽量級な仕事の進め方(悪く言うと適当に客におもねってる?)と見られがちですが、そのプロセスはなかなか険しいように思います。まさに下記のように。
Perservance is not a long race; it is many short races one after another. (Walter Elliott)
忍耐力とは、1回の長距離走ではなく、短距離走を次々とこなす力である。

現在のビジネス(業種によるかも知れませんが)において、このような考え方がますます重要になってくるのは確かなことのように思います。ちょっと意識しながら仕事を進めてみたいなと。

2012年3月21日水曜日

体験が製品 -プロトタイプを通じた体験のリ・デザイン(薬剤ボトルの例)-


知人に紹介してもらった『Subject To Change ―予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る』という本を読んでいます。この本、イノベーションやデザインという文脈ですごくいいので、また機会があればポイントをまとめたいのですが、その中で出てきた「体験が製品」という言葉が印象的です。物理的なモノそれ自体だけが製品ではなく、それを見つけて検討して買って使って捨てて・・・といった一連の「体験」も含んだ全体が製品である、という考え方です。

・「体験」をプロトタイプに持ち込む
本書では、「体験が製品」という考え方において、「体験プロトタイプ」つまり体験という観点からユーザー視点のプロトタイプを作りテストすることの重要性が説かれています。これは、以前のエントリで取り上げた「人間中心のデザイン」の実践への落とし込みの一つの例かと思います。本書には、この「体験プロトタイプ」を通して処方薬保管ボトルをユーザー体験上より良くするプロジェクトについてのケーススタディが掲載されていました。大変面白そうだったので詳細をネットで調べてみましたのでご紹介。元記事は下記になります。

ClearRx Prescription System
The Perfect Prescription How the pill bottle was remade sensibly and beautifully.

このケースの主役Deborah Adlerというグラフィックデザイナーの女性は、当時薬局で処方薬を入れて患者に配布されていたボトルの小さくてごちゃごちゃしたラベルの記載が患者を誤飲等のリスクにさらしているという問題意識を持ち、大学の卒業プロジェクト('Safe Rx'という呼称)でこのボトルの改善に取り組んだということです。ここでポイントになったのはそのボトルを使用するユーザー視点での体験。このボトルは'Clear Rx'という製品名で「ターゲット」という薬局で実用化がされており、デザインが優れているということから当時ニューヨークのMoMAにも展示がされたそうです。

・「体験プロトタイプ」のケース
'Safe Rx'プロジェクトの概要をざっとまとめると下記のような感じです。(日本語訳には多少の意訳が含まれます)

【背景】
当時(というか今でも?)米国で標準的な処方薬保管ボトルは黄味がかったプラスティックボトルで、ラウンドした壁面に小さな字で説明書きがプリントがされているような状況で、何が入っていて患者がいつどのように服用すべきかが非常にわかりにくい状態だったというところが背景にあります。そんな状況が第二次世界大戦後から変わらず続いていたらしいです。実際に、当時の調査でも実に60%以上の患者が1回は他人の薬を間違って飲もうとしてしまったと答えていたそう。

【リ・デザイン(プロトタイピング)】
Before:当時の業界スタンダード



どれだけ「体験」がないがしろにされているのかを洗い出す。

  • 一貫性のないラベル:各薬局で情報の表示される位置がマチマチ
  • ブランディングに使われるラベル:薬品名・服用方法よりも大きく表示される薬局のロゴ
  • 紛らわしい数字:説明のない数字の印字("10"というのは10錠なのか1日10回なのか)
  • わかりにくい色味:オレンジのボトルにオレンジの字のような解読困難なカラーリング
  • カーブした形状の読みにくさ:ラベル情報を一度に見られるようにするには狭すぎる形状
  • 小さすぎる文字:細かな文字で狭いエリアにぎっしり情報が記載(読まずに捨てられるのが常)


After:リ・デザインされたプロトタイプ


Adler氏によるプロトタイプ。ボトルに日常触れ薬を服用する患者の「体験」を重視。

  • 外観よりも機能:美しさを犠牲にしても、本来あるべき薬剤の名前と服用方法を記載
  • カラーコーディネーション:家族全員のラベルの色を別個にし混乱を回避
  • インテリジェントな有効期限通知機能:薬剤の有効期限を通知するマーカーをラベルに搭載
  • ボトルの形状を変更:広くフラットな形状とし、文字が読みやすいD型(前面がカーブし後面がフラットの半円型)を採用
  • 情報の添付方法の変更:これまで情報は袋に印字されていたため捨てられやすかったところを、紙のカードに印字しボトルの溝に保持できるように変更
  • 文字を読みやすく:文字が小さすぎて読めない場合を想定して、薄い虫眼鏡の装備を検討
  • 服用スケジュールを記載:ボトルのてっぺんに服用タイミングを掲載


【アウトプット】
Adler氏のプロトタイプは「ターゲット」という薬局の目に留まり、'Clear Rx'という製品名で実用化がされました。プロタイプは、D型(半円型)の形状が子供の安全上危ないということから上下逆さまの形状が生まれる等、より体験に基づいたブラッシュアップされたようです。結果、こんな感じのボトルに。



  1.  わかりやすい薬剤名表示:薬剤の名前を一番目立つボトルのトップに記載
  2.  ボトルの色をひとつのサインに:世界共通の注意喚起の色である赤色のボトルを当該薬局のサインとして採用
  3. 情報を階層化して表示:優先度の高い薬剤名、用量等を先頭に、優先度の低い使用期限や医師名等はサブに表示
  4. 上下逆の形状:通常と上下逆さまのキャップが下に来る形状で、ラベルが上部にも貼れるように修正
  5. 自分のボトルがわかる色の工夫.:ボトルの首の部分に家族それぞれ異なる色のラバーの輪を装着し取り違え防止
  6. 薬剤の詳細情報をカード化:副作用情報等の情報をカード化し、ラベルの裏に挟みこめる設計
  7. ユニバーサルな表記に:'once'はスペイン語で「11」を意味するため、'daily'という表現を活用
  8. わかりやすい注意喚起のサイン:従来のわかりにくい注意喚起(例:服用は空腹時に)を25個にわたって修正


・最後に:「体験プロトタイプ」の意味
ほぼ原形をとどめていない最終形の形状やデザイン。まさに「体験」をベースに構造物の意味を問い直すとここまで仕上がりが違うのかという結果ですね。徹底的にユーザー目線です。

また、最終形がプロトタイプとも大きく形状が変わっている点が興味深いです。プロトタイプは壊すためにある、という感じでしょうか。ユーザー視点で発想を加えたり練り直す一つの土台としてのプロトタイプの役割(たたき台があることによってアイデアが出てくるという典型)ですね。

本書には初期のPDAを開発したPalmのジェフ・ホーキンス氏のエピソードも。
製品デザイナーのジェフ・ホーキンスは同僚たちのシャツのポケットのサイズを測り、そこにぴったり入るように木製のブロックを削り出した。ホーキンスはPDAを開発中で、デバイスが簡単に持ち歩ける大きさであることは不可欠であると知っていた。
ホーキンスはどこにでもこのブロックを持って行き、誰かが口にした日付や情報をメモしたいと思ったとき、その木製ブロックにその情報を入力するまねをした。エンジニアが新しい仕組みや機能を提案すると、木製ブロックを手に取って「それ、どこに入ると思う?」と尋ねた。木製ブロックのおかげで、デバイスのデザインにも開発にも簡潔さが徹底され、チーム全員がその感触の良い体験を繰り返し気付かされた。

ここにも共通するのは、プロトタイプが目の前にあると、それを持って重さや大きさを感じてみたり、イメージを投影してみたり、使うシーンを想像したり、という行為(=体験)が生まれ、そこからリアルな発想が生まれるということなのかと思います。言い換えると、体験まで配慮した製品を仕上げるためにはプロトタイプが不可欠、ということかと。「体験」を製品に組み込むことのできるプロトタイプを通じたデザインこそ「人間中心のデザイン」の重要なヒントだと感じました。

2012年3月13日火曜日

デザイン・シンキングのコンセプトチャート2枚 -IDEOティム・ブラウン氏のブログより-


デザインやデザイン・シンキングについて調べたりしているうちに、IDEOティム・ブラウン氏のブログに出会いました。残念ながら最近は更新頻度が減っているようですが。。ちなみに、ティム・ブラウンは先日のブログでTEDの講演を取り上げたのでご参考まで。

以前にも本ブログではデザイン・シンキングを取り上げてきましたが、その総本山的な人(企業)のブログ。その中から、デザイン・シンキングのコンセプトチャートを2枚引用させてもらいます。

こちらはデザイン・シンキングの定義について1枚で表現すると、といった図。


DESIGN THINKING THOUGHTS BY TIM BROWN 『Definitions of design thinking』より

文章でもデザイン・シンキングの定義がシンプルに書かれています。
Design thinking can be described as a discipline that uses the designer’s sensibility and methods to match people’s needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.

2枚目のこちらは、デザイン・シンキングってどんな感じのもの?ということで、デザイン・シンキングにおける多元的な思考プロセスが1枚で表現された図。


DESIGN THINKING THOUGHTS BY TIM BROWN 『What does design thinking feel like?』より

divergence(発散)においては'creating choices'が、convergence(収束)においては'making choices'が行われ、analysis(分析)においては'breaking problems apart' が、synthesis(統合)においては'putting ideas together'が行われると。発散か収束か、分析か統合か、といった二元論ではなく、その両極を行ったり来たりする思考こそがデザイン・シンキングであるという点がポイントのようです。


2枚とも非常にシンプル且つコンセプチュアルで、"So What?"は自分でじっくりと考える必要があるのですが、常にデスクに置きながら仕事をしたいなという感じ。まとまりないですが、ちょっとした共有でした。