2012年1月9日月曜日

「XXXと言えば」の逆をいく -映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』を観て-

この連休に、以前から観たいと思っていた映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』を観ました。この「エル・ブリ」というレストラン、ここを見ていただいた方がわかりやすい解説がされているのですが、スペインにあるミシュラン三ツ星のレストランで、非常に革新的な料理を提供することとともに、1年のうち6ヶ月しかオープンしていない(あと半年は次期メニューの創作をしている!)ことで有名です。

『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』予告編





私自身、まったくグルメという訳ではなく、ハンバーグに目玉焼きが乗っているとテンションが上がってしまうクラスタの一人なのですが、エル・ブリの既成概念を崩すスタイルや考え方に触れたいなと思っていました。実際、映画を観た後も、行ってみたいとは思いましたが、食べてみたいとは全く思いませんでした(笑)

映画自体はドキュメンタリーになっており、基本的には彼らの創作活動を「そのまま」撮影している感じで、特にシェフのインタビューが入ったりするようなこともなく、淡々とした2時間の内容です。中身は是非皆さんの目で確認していただきたいのですが、予想に違わず、このレストランのスタイルは既成のものとは一線を画すものでした。

やや【ネタばれ注意】ですが、、映画を観て私の感じたこのレストランのスタイルです。あらゆる面でことごとく「レストランと言えば」「料理と言えば」という既成概念の逆をいく印象でした。

1.料理に求めるもの、メニューを考える際に大事にするコンセプトが異なる
  • 「味」よりも「驚き・新しい感覚」
  • 「トップダウン(メニューありき)」というよりも「ボトムアップ(素材と調理法の新しさ)」
  • 「料理」というよりも「アート」

とにかく(数、その希少性ともに)様々な食材を、少量ずつ、炒めたり焼いたり粉にしたりペーストにしたり、多種多様な調理方法で加工をし、比較を延々と繰り返します。その過程で、オーナーシェフであるフェラン・アドリアが繰り返す言葉(大体こんな感じの内容でした)は下記のようなものです。
  • 今は味の段階ではない。味は後だ。まずは驚きの要素。それがコンセプト。
  • 私が求めるのは意外性と驚き。
  • 客が求めるのは、単純においしいではなく、新しい感覚。

2.メニューを生み出すプロセス(創作のプロセス)が異なる
  • 「調理」というよりも「実験」
  • 「試作の厨房」というよりも「ラボ・会議室」
  • 「ひらめき・経験」というよりも「地道な仮説検証」
  • 「記憶」よりも「記録・データ」
  • 「包丁」というよりも「ペン・紙・PC」

フェラン・アドリアは「創造とは日々の積み重ねだ」と言います。それを実践するかのごとく、エル・ブリでは1年の半年は店を閉め、フェラン・アドリアと少数のシェフで創作活動に専念します。色味・香り・食感・形・味いろんな角度から何がベストかを、作っては捨てを繰り返し探求します。その際に、写真を必ず撮影し、ノートに材料・調理法・出来上がりの特徴を書いて記録します。一定のタイミングでPCに記録、調理人全員がPCに向かい会議をする様は、まるで企業の研究部門や企画部門のようでした。

また、意思決定も合理的。経験やエイヤの感覚だけで、いきなりメニュー作りに入りません。アイデアに対して数段階の星をつけて優先順位付けし、そこから再度ブラッシュアップをかけていきます。

3.レストランを運営する組織の作り方・人の使い方が異なる
  • 「職人」というよりも「リーダーとチーム」
  • 「レストランの調理場」というよりも「工場」
  • 「調理スタッフ」というよりも「作業員・機械」

驚いたことに、オーナーシェフであるフェラン・アドリアが自ら調理しているシーンは一つもありませんでした。チームがひたすら試作をし、フェラン・アドリアは試食し批評と方向性の指示をする形です。

また、この創作プロセスにかかわるのはごく限られたスタッフのみ。多くのスタッフは開店1ヶ月前くらいに合流します。その時点でメニューは誰も知りません。更に、エル・ブリの一品一品は手が込んでいて、その段取りも複雑なシステム。その作業は完全な分業であり、非常に工場的。ここでもフェラン・アドリアは全く調理はせず、ひたすら指示をしており、悪い言い方ですが司令塔と手足といった印象です。フェラン・アドリアの「創作と調理は違う」「完璧に作業をしろ。機会のように動け」といった発言が印象的です。


全体を通じて:根底に流れる哲学が異なる
エル・ブリでは、毎シーズン、メニューを一新するので同じ料理は二度と提供されず、コースの品数は40皿に上るそう。またエル・ブリの格言は「クリエイティブとは、真似をしないこと」だそうです。総合すると、下記のような哲学が根底にはあるような印象を持ちました。
  • 「伝統」というよりも「革新」
  • 「定番」というよりも「新作」
  • 「真似」というよりも「オリジナリティ」
  • 「王道」というよりも「邪道」
  • 「安定」よりも「変化」

企画に携わるものとして、非常にインスピレーションをもらえる良い映画でした。東京では銀座での短館上映のみというのが残念です。

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